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true colors⑯
「あの……」
控えめなトーンで誓様に声を掛けられて我に返ったオレは、皇の手を取って屋敷に戻った。
いちいさんとふたみさんを、急いで病院に運ばないと!皇にそう言うと、誓様が『若様も三の丸に……』と、言うが早いか、皇が『誓!』と、誓様を睨み付けた。
「皇も三の丸にって、どういうこと?」
「……」
皇も誓様も返事をしない。
そのとき、高遠先生が皇の腕を取って、着物の袖をぐっと捲った。
「そのご様子では、点滴でもしていらしたのでは?」
「えっ?!」
先生に掴まれた皇の腕を見ると、少し内出血をしている。
「え?!何で?大丈夫なの?」
皇を見上げると『そなたの顔を見たら全て吹き飛んだ。案ずるな』と、バツの悪そうな顔をした。
「吹き飛んだって……何か、病気なの?」
皇、すごいやつれてるし……オレのいない間、皇に何が……。
「いえいえ雨花様、心配には及びません。若様は、雨花様が発たれたあと、ろくにご飯を召し上がらずにいらしたがための、ただの栄養失調で……」
「誓!」
「栄養失調?」
「……」
顔をしかめて黙りこくった皇を睨むように見ると、皇はムッとした顔をして『そもそもそなたが、発つ直前にあのようなことを申すゆえ!』と、オレを睨み返してきた。
「は?」
あのようなこと?
「申したであろう!忘れたとは言わせぬ!」
出発直前?
「……あ」
好きって……言ったこと?いや、何でそれで栄養失調になるんだよ!
「さぁさぁ、揉めるのは二人を病院に運んでからだ」
先生にそう急かされて、誓様はまだ意識が朦朧としているいちいさんを抱き上げた。
具合が悪そうではあるけれど、自力で歩けるふたみさんは、歩いて皇が乗ってきた飛行体まで向かった。
いちいさんを機内に乗せた誓様は『私は残ります』と、機体から飛び降りた。
「え?!まだ犯人が潜んでいるかもしれないって、大老様がおっしゃっていたじゃないですか!危険です!」
「だからこそです」
そのとき、ピーッという鳥の鳴き声がして、ザザッと大きな風が吹いた。
「うわっ!」
何?!
ふと見ると、誓様の目の前に、ものすごく大きな鳥がいる。
「うわぁ!」
驚いて叫ぶと『ぼたんの鳥、赤尾 だ』と、皇がオレの肩を抱き寄せた。
「え?」
ぼたんの鳥?これが、ぼたんが言ってた鳥か!でかっ!
誓様は、赤尾の足に括られていた紙を取って開くと、その場にガクリと膝をついた。
「誓様?!」
まさか、ぼたんに何か……?
誓様に駆け寄ると、小さく肩を震わせている。
「次代が……ぼたん様が、ご無事だと……」
誓様は手紙を胸に抱きしめると、潤んだ瞳をこちらに向けた。
「ぼたん、無事なんですね?!」
誓様はぶんぶんと頭を振って頷くと、皇に向けて、片膝をついて頭を下げた。
「残党がいるのであれば、どうか私にお任せください。ぼたん様の血を流させた罪……償わせてやります」
キュッと口を結んだ誓様に、皇は大きく頷いた。
「でも一人じゃ……」
オレがそう言うと誓様は『大丈夫です、雨花様。私は忍びですよ。私以外には出来ません』と、赤尾を空に飛ばした。
『それに……ぼたん様の赤尾もやる気のようです』と、空に手を伸ばと、上空で旋回していた赤尾が、すごいスピードで降りてきて、誓様の腕にふわりととまった。
「くれぐれも無理は致すな」
「はい。……さぁ、お急ぎください」
誓様にそう言われて、オレも飛行体に乗り込もうとすると、皇に肩を引かれた。
「へ?」
「そなたはこちらだ」
手を引かれるまま、操縦席の隣に座らされた。
「え、ここ?」
皇は何も答えず、後ろに座っている先生に『先生、発ちます。よろしいですか?』と、問いかけた。
先生の『ああ』という返事が聞こえると、皇はすぐ目の前のボタンを一つ押した。
シュンっという音と共に、コックピットを遮断するシャッターのようなものが下りて、先生たちの乗っている胴体部分が見えなくなった。
何かをパチパチと操作した皇は、ふっとオレに視線を移して、手を握った。
「ちょっ……操縦……」
危ない!と、思っているうちに、皇の顔が近づいて……。
ふわりと重なった唇が離れた時、もう眼下には、一面の海が広がっていた。
「何もせずとも、目的地に着く」
「……」
やつれて、無精ひげの生えた皇の頬に手を伸ばすと、皇はギュッとオレの手を掴んだ。
言いたいことはたくさんあったのに、ありすぎて、何の言葉も出てこない。
黙り込んでいる皇も、きっと……同じ、だと思う。
捕まれた手は、いつの間にか、皇の唇の上に、置かれていた。
オレの小指にキスをした皇の唇が、オレと同じ言葉を発した。
「「会いたかった」」
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