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true colors⑰

その言葉が合図だったみたいに、何度も、何度もキスをした。 たまに視線を合わせて、キスをして、頬や髪や、唇や……色んなところに触れて、確かめ合って、またキスをした。 「オレ、曲輪に戻ってもいいのかな?」 「誰が止めようが、そなたは曲輪に戻す」 「え?」 「余は……そなたを己で守る自信が持てず、そなたを守るためという大義のもと、そなたを大老に託した。己の心の弱さを、大老に補わせようとしたのだ」 皇は、ふぅっと大きく息を吐いた。 「そなたを、己の未熟さゆえに失うと思えば、そなたのそばにおることさえ、足がすくむほど恐ろしかった。だが……そなたの姿が見えぬだけでこの(ざま)だ。そなたがそばにおらねば、余はただの木偶(でく)。ゆえに……余はそなたのそばに在るため、どこまでも強くなると決めた」 皇は、オレをギュウっと抱きしめた。 「大老の申す通り、そなたは余の弱み。だが、そなたの存在が、余に強くなれと背を押した。そなたは……余の弱みであり、最大の強みだ」 「オレも!今度こそ本当に強くなる。オレが弱いから、いつもお前と離れることしか選べないんだ。そんなの、もう嫌だから」 「雨花……」 「オレ……何も出来なくて……みんなのこと、守れなくて……」 その時、あげはの顔が頭に浮かんだ。 「あげは!」 「どう致した?」 「あげは……何者なの?」 ずっと誰かの命の危機に直面してて、あげはの言動を深く考えている余裕がなかったけど……。 「……」 「あげは……お前のこと、皇って、呼び捨てにした」 「……」 「魂だけ抜けたみたいに、空に浮かんで……皇を呼びに行ったり……あ!」 オレが曲輪に来てすぐの頃、家出しようとした時、あげはに見た目はそっくりだけど、雰囲気が全然違う子が、オレをシロのところまで案内してくれた。 あの時のあの子と、空に浮かんでたあげはは、そっくりだ。 それに……皇に『急げ!』って叫んだあげはのあの声……。 サクヤヒメ様のところからこっちに戻る時、空から聞こえてきた『急げ!』って声と、そっくりだった。 ぼたんはさっき、あげはのことを『上様(うえさま)』って、呼んでた。 ぼたんが、”上様”なんて誰かを呼んでいるのを、今まで聞いたことがない。 お館様のことは、お館様って呼んでたし、母様のことは御台様って呼んでた。皇のことは、”若様”だし……。 あげはが……そうなの?ぼたんの、主なの? あげはがぼたんの主なら、ぼたんに、オレを守れとか、オレのダンス動画を撮ってこいとか命令してても、おかしくない、かも。 でも、ぼたんの主は、皇の話しっぷりからするに、皇よりも偉い人のはずだ。 あげはが、ぼたんの主なら……皇よりも偉い人ってことになる。 鎧鏡家を守ってる、忍びの一族の次の頭になるぼたんが直々に仕えていて、皇よりも、母様よりも偉くって……シロにまで命令出来ちゃって……それにあげは、魂だけ飛ばしちゃったみたいなことしてて……それって……もしかして……。 「占者、様?」 そうだ。オレがいつかの年中行事で倒れた時、占者様が手当てをしてくれたって、母様が言ってたけど、その手の感触が、子供みたいだって、思ったことがあった。 「占者様、なの?あげは……」 皇は大きくため息を吐きながら『ああ』と、項垂れるように頷いた。 「でも……だって!……どうして……」 占者様がオレのとこに……梓の丸で働いてたとか……どうして……。 占者様は、鎧鏡一族じゃないと会えないって……大老様でも会ったことないって聞いてたのに、どうして……。 だけど、あげはが占者様だっていうなら、全部納得がいく。あげはについて不思議だなって思ってたこと、全部! 皇があげはには優しかったのも、納得がいく。 「全ての理由は、ご本人から話してくださるだろう」 「本当に……あげはが?」 「ああ。……しかし不思議だ。誠、そなたには何一つ、大事なことは隠しておけぬ」 皇はハハっと笑うと、またオレをギュウっと抱きしめた。 「ぼたん、本当に大丈夫なのかな?」 「占者殿がついていらっしゃるのだ。命を落とすようなことがあるわけなかろう。万が一、ぼたんがサクヤヒメ様のお膝元に召されるようなことがあっても、占者殿が連れ戻すであろう。そなたのようにな」 「そっか!そうだよね!」 皇のその言葉に、心底安心した時、皇が目の前を指さした。 「もう着くぞ」 「あ……」 皇が指した先に、しらつき病院のシンボルにもなっている、屋上の広いヘリポートが見えた。 「これ、すごく速いんだ?」 そう言って座席をポンポンっと叩くと『そうだな。人の造った飛行体の中では、最速の部類ではないか?未確認飛行物体として、マスコミに騒ぎ立てられたことがある』と、皇がふっと笑った。 「……」 鎧鏡家……日本昔話かよって思ってたけど、今度はSFですか。 UFOなんて実在するのかなって思ってたけど……どうやらオレは、世間でそう呼ばれてるものに、今、乗っているようです。

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