548 / 584

true colors⑲

点滴を終えた皇と一緒に、しらつき病院から曲輪に戻る車に乗り込んだ頃には、すでにあたりは暗くなり始めていた。 まずは、三の丸に運ばれたというぼたんがどうなっているのか、様子が知りたい。 同じように思っていた皇と一緒に、二人で三の丸に向かうことにした。 「明日の納会は、どうなることか……」 皇が外を見ながら、ポツリとそう呟いた。 街は、いつもよりイルミネーションが華やかだ。そういえば、今日はクリスマスイブだった。そんなことも、すっかり頭から抜け落ちていた。鎧鏡家に、クリスマスなんてものは関係ないからいいんだけど……。 「のうかい?」 「ああ。年の終わりに開催される、衆団会議の打ち上げのようなものだ」 「ああ、納める会ね?」 「ああ」 「納会どうなるかって、まず若様のお前がそんな状態の時点で駄目じゃん」 「余はあまりの体たらくぶりに、駒より不参を言い渡されておったゆえ、これで良いのだ」 口をとがらせるようにそう言った皇に、吹き出しそうになった。 皇は確かにやつれたけど……それでも、体たらくなんて言うには、ほど遠い。無精ひげでも……かっこいいし。 だけど、昨日までの皇は、駒様が納会の参加を止めるくらい、本当にひどい状態だったんだろう。 「とりあえず、ぼたんの様子を見たらすぐお風呂に入って、髭くらい剃らないと。若様がこんなんじゃ、また駒様が大老様に怒られちゃうかもしれないだろ?」 「髭面もいいかと思うたがな」 「あぁ、うん、まぁ。でも、似合うからいいとかいう問題じゃ……」 ふと皇を見ると、自分の頬を撫でながら、ニヤニヤとこちらを見ている。 「なっ、何ニヤニヤしてんだよ!別に!髭面でもかっこいいとか、言ったわけじゃないし!」 「そうか。髭面も良いということだな」 「……髭、もいいけど……痛いし」 「ああ」 皇は納得した顔をして、オレの頬に、自分の頬をすり寄せた。 「痛っ!」 咄嗟に顔を離すと、皇はオレの手首を掴んで体を引き寄せた。 さらにオレのおでこに、皇は自分の頬をこすりつけた。掴まれた手首は、ふりほどけない。 「やめ!痛いってーっ!」 誰が昨日まで弱ってたって?若様、全然元気ですけど! 「そなたが余の髭から逃れようとする様も、それはそれで良いものだな」 「このドS!お前、てんで元気じゃん!納会出ろ!」 そんなやり取りをしているうちに、曲輪の中でもひときわ高い本丸の天守閣が、ぼんやりと明るく光っているのが見えてきた。 「あ……」 「……よう、戻った」 「ん……ただいま」 オレの頬に手をあてて、皇が顔を近付けた。キス、される?と思ったのに、皇は『ああ、髭を剃らねば許されぬか』と、スッと顔を離した。 こいつー! 「ここには生えてないだろ!バカ!」 皇の顔を押さえつけて、唇に軽いキスをした。 三の丸の裏側あたりだろうというところで、車を停めさせた皇は、そこで車から降りると言って、オレの手を引いた。 引かれるまま、今まで通ったことのない道を進み、トンネルのような暗い空間に入ると、奥のほうに重厚そうな扉がドンッと立っているのが見えた。 皇が重そうにその扉を開くと、まぶしい光が、扉の隙間から足元に差し込んできた。 「雨花様!」 「うおっ!あげは!……様?」 扉の向こう側から、飛びつきそうな勢いで出てきたあげはを、今までのように呼び捨てにしていいわけない、よね? 取ってつけたように、あげはに『様』を付けて、隣の皇に伺うように視線を向けると、皇はあげはに向いて、深々と頭を下げていた。 「あ、バレました?よね?」 あげはは肩をすくめて『ひゃはっ』みたいな笑い声を上げた。 「"様"とか付けるのやめてください、雨花様。ボクはあくまで、雨花様の小姓のあげはです」 「でも……」 隣の皇を見ると、未だに頭を下げたままでいる。 うわぁ……実はそれくらいすごい人なわけでしょう?あげはって……。 日々、鎧鏡一門の平和を祈ってくれてて、サクヤヒメ様の言葉を聞き伝えることが出来る、一族もひれ伏す鎧鏡家の占者様、なんだよね? 「皇、頭を上げろ」 「はい」 皇が、あげはの命令で頭を上げた。 うわぁぁ……あげはの命令に皇が従ってる!嘘だぁ!おかしな余興でも見てるみたい。 「雨花様?ボクは一族以外の者に正体を知られたら、占者を降りるという契りをサクヤと……あ、サクヤヒメ様と交わしています。本当だったら、雨花様に知られた時点でアウトな気もするけど、雨花様は半分鎧鏡一族ってことでいいだろうって、サクヤヒメ様に言われました。雨花様が今までとは違う態度を取ることで、他の誰かにバレたら、ボク、本当に占者交代です」 「うえっ?!わかった!今まで通りでいいなら、オレもそのほうが助かるし……って、それで、いいの?」 皇にそう聞くと、皇は小さく何度か頷いた。

ともだちにシェアしよう!