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ラスボス戦①

今夜は、ぼたんに付いているというあげはを置いて、病室を出た。 帰る前に、母様に会いたかったけど、ぼたんの処置が終わってすぐ、しらつき病院に向かったという。 いちいさんとふたみさんが、あっちに入院したんだもんね。母様が、自分で診かったのかもしれない。 三の丸から梓の丸に戻るため、迎えの車に乗り込もうとした時、皇の携帯電話に、駒様から電話が入った。 梓の丸の使用人さんたちは、いちいさんとふたみさんに付き添うため、何人もしらつき病院に行ってしまっていて、梓の丸は、オレが帰れる環境ではないという。なので、オレも皇と一緒に、本丸に来るように……という内容だった。 電話を切ってすぐに、竜宮に物資を運んでくれていた、大老様付きのゆいさんが走ってやってきて『若様と雨花様に同行し、お守りするよう、大老様から命じられました』と、深々頭を下げた。 オレと皇とゆいさんを乗せて、車は本丸に向けて、静かに走り出した。 本丸の地下から、誰にも見られないように皇の部屋に入った。部屋に着いてしばらくすると、駒様が夕飯を運んで来てくれた。 皇と一緒に夕飯を済ませると、すぐに『湯浴みなさってください』と、駒様に小さなお風呂場に案内された。皇はいつも通り、湯殿係と一緒に、お風呂に入るらしい。 お風呂場の外で、ゆいさんが警護をしてくれることになったんだけど、ゆいさんがいると思うと落ち着かない。シャワーでササッと洗うだけで、お風呂を済ませた。 部屋に戻ると、さっきまでのくたびれた髭面が嘘みたいに、いつもの若様然とした姿に戻った皇が、ソファで優雅にお茶をすすっていた。 座ってくださいと言っても、警護は立っていないと出来ないからと、部屋の隅で立ったまま、微動だにしないゆいさんに見守られながら、皇のベッドに二人で横になった。でも、ゆいさんの緊張感が伝わるようで、全く眠くならない。 皇と一緒に横になっていると、いつもは、嬉しさと、ちょっとの緊張感と、それ以上の安心感で、すぐ眠くなるのに……。 皇は『疲れたであろう。ここは安心だ。早う寝ろ』と言って、ふぅっと息を吐くと、布団の中でオレの手を掴んで、ゆっくり目を閉じた。 オレも目を瞑ってはみたけど、ゆいさんはいつ寝るんだろう……なんて、ゆいさんにばかり意識が向く。 そんなこんなで、今夜は眠れないかも……なんて思っていたのに、ゆっくりと照明が落とされると、いつの間にか眠りに入った。 コンコンコン……っと、小さなノック音で、ハッと目が覚めた。ビクリと体を震わせながら、暗い部屋の中、視線を泳がせると、隣で横になっている皇と視線がかち合った。 ほんの少し開かれたドアの向こうの誰かと、ゆいさんがボソボソ話しているのがわかる。でも、話の内容はわからない。 今、何時だろう?何時くらいに眠ったのかわからないけど、すっきり寝た感覚はない。 ゆいさんと警護を交代してくれる人が来たのかな? 寝ぼけた頭にそんな考えが浮かんだ時『え?!』っという、明らかに驚嘆したゆいさんの声が、部屋に響いた。 「何があった?」 隣の皇が、すっと体を起こした。 「起こしましたか。申し訳ございません」 そう言いながら、ドアを大きく開けて部屋に入って来たのは、駒様だった。 「どう致した?」 「一連の事件の主犯が、先程、護群により拘束されました」 「えっ?!」 驚いて体を起こすと、皇がオレの肩に、フワリと羽織をかけた。 捕まった実行犯は、鎧鏡の家臣さんじゃないってことだったけど、オレたちを襲った事件には、一門の誰かは関係してるってことだった。 主犯ってことは、実行犯を動かして、事件を起こした実際の犯人って、こと……? 「誰だ?」 「子安(こやす)家の長男、楓雅(ふうが)です」 こやすけ?ふうが? 一門の中に、子安という姓の家があるのは、何となく覚えている。だけど、記憶にあるというくらいのもので、会った覚えはない。それくらい、オレにとって犯人は、身近な人ではなかったってことだ。 そこはちょっと、安心した。 「近く、楽様もお話を伺われるかと……」 「え?」 楽様にもって……何で、天戸井に? オレの横で皇が『わかった』と、口を結んだ。 「待って!何で、天戸井が出てくるの?犯人は子安って人でしょう?」 皇にそう聞くと、駒様が『曲輪の使用人は、基本、頂いたお役目の名で呼ばれますので、雨花様がおわかりにならないのも無理ありません』と、皇に頭を下げた。 「どういうこと?」 子安って人……曲輪の使用人さん、なの? 皇は『子安は、杉の一位だ』と、またキュッと口を結んだ。 「え……」 天戸井の、ところの? すごくにこやかで、うちのいちいさんと似てる、杉の一位さん? ……が、犯人? 「嘘!」

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