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ラスボス戦③

うなだれた体勢のまま『そなたの思いを量りあぐねておった過去の己に、今のそなたを見せてやりたい』と、もう一度ため息を吐いた皇は『楽の関与も杉の一位の真意も、すぐにわかろう。護群の聴取に口を割らぬ者はないと聞く』と言って、またソファに体を預けた。 「そういえば……」 オレは竜宮で聞いた、杉の一位さんの実家の話……”お花”と呼ばれる家系について皇に話した。 「一門の女系一族についてはもちろん知っておる。だが、そのような差別を受けておったとは……」 「お前がそんな差別するなって言えば、なくなるでしょう?」 皇は視線を上に向けると、しばらく考えてから口を開いた。 「意識の変革は、たやすくないかもしれぬ。が……動かねば、いつまでも変わらぬままだ。まずは実情を知らねば動けぬな。さっそく詠に調べさせよう」 「うん」 皇は体を起こして、オレの頬を撫でた。 「何?」 「いや……そなたが申さねば、余はその事実を知らぬまま生涯を終えていたやもしれぬ。……そなたはこの先も、余に思うたままを申せ。余の耳には、処理された話しか入って来ぬようゆえ」 「……家臣さんたちは、きっとお前のことを思って黙ってたんだと思うよ?」 「わかっておる。だが……一門を統べる立場として、そのような話こそ知っておきたかった」 「……」 「誰かの苦しみの上に、一族が守られてはならぬ。一族が女人禁制を続けて参ったのは、一門みなの幸、繁栄を思えばこそだ。女人禁制を守るがため、誰かを傷つけるのなら、本末転倒というもの」 「ん。そういうの……変えていこう」 皇の手をギュッと握ると、皇はハッとしたような顔をしたあと、オレの肩に額を付けた。 「なに?」 「そなたは時折、無性に男前で……困惑する」 「は?」 皇は、オレの肩におでこを付けたままふっと笑うと『この先の余の生涯に、そなたは共にあるのだな』と、ぽつりと呟いた。 ぶわっと、体に熱がこもった。 オレの肩から額を離して視線を重ねた皇が、オレの髪に手を伸ばした。 そこから皇の顔が近付いてくるまで、スローモーションみたいに長く感じて……。重なった皇の唇が、ひんやりと感じたのは、オレの体温が無駄に上がっていたからかもしれない。 「今しばらく、一人でおられるか?」 唇を離した皇はそう言って、オレを胸に抱いた。 「え?」 「犯人が捕まったというだけで、そなたが襲われた事件が解決したとは言い難い。余も杉の一位の聴取に同席し、何故そなたを狙ったか、その理由を知りたい。そなたを二度と同じような危険にさらさぬよう、今後の策を講じたい」 それならオレも同席したい……と、言おうとしたその時、廊下をバタバタと走って、近付いて来る足音が聞こえてきた。 皇と二人で顔を見合わせると、けたたましくドアをノックされた。 ドアの外から駒様が『若様!起きていらっしゃいますか?!』と、慌てた様子で皇を呼んだ。 「どういたした?」 オレに羽織りを掛けた皇は、ソファから立ち上がると、駒様に部屋に入るよう命じた。 ドアが勢い良く開くと同時に、駒様は『大老様をお止めください!』と、その場で膝を付いて、頭を下げた。 「あ?」 「広場で、切腹の儀を……腹を切ると!」 「えっ?!」 大老様が、切腹? 「何があった?」 「わかりません。お館様も御台様もいらっしゃらず……」 こんな動揺している駒様、見たことない。 「皇!とにかく大老様のところに!」 「……」 「皇!」 皇は、大きくため息を吐くと『しばし待て』と、駒様を部屋から出した。 「急がないと!」 「切腹の儀は、本人の希望であろうとなかろうと、一族が許可を出さねば決行出来ぬ決まりだ。すでに準備が始まっているということは、一族の誰かが大老に切腹の許可を出したということ。一族で一番の若輩である余が、それを止めることは出来ぬ」 「そんな!どうして……」 大老様は、鎧鏡一門に絶対必要な人でしょう?! 「……」 皇は、それ以上何も言わずに、その場に立ち尽くしたままで……。 大老様が切腹をしようとしている理由はわからないけど、そんなの絶対駄目だ! 「オレは……まだ一族じゃない。一族の決まりに縛られなくていい」 「何を……」 オレは羽織りの紐をギュッと締めて、勢い良くドアを開けた。 「雨花!」 「お前が止められないなら、オレが止める!」 「雨花様?!」 驚いている駒様の脇をすり抜けて、走り出した。 「ならぬ!雨花!」 「大老様に切腹なんて、絶対させない!」 オレを止めようとする皇に捕まらないよう、広場に向けて必死に走った。 大老様にどんな理由があろうが、絶対止めなきゃ! 大老様は、口うるさくて怖くて、近寄りがたい人だけど……。 だけど! 皇の……大事な人だから!

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