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ラスボス戦④

後ろからオレを止めようと叫んでいる皇を振り切って全力で走った。 オレを追いかけてくる皇のさらに後ろのほうから『本丸前の大広場です!そのまままっすぐ向かってください!』という、駒様の声が聞こえた。 オレは大広場に向けて、必死に走った。 本丸前の広場はすごく広いけど、大老様がいる場所はすぐにわかった。まだ早朝という時間なのに、人垣が出来ていたからだ。 人垣をかき分けると、白装束に身を包み、何枚か重ねた畳の上に正座をして、盃を口に持っていく大老様が見えた。 「大老様っ!」 オレの呼びかけに、大老様がふとこちらに視線を向けたので、大老様のそばに寄ろうと一歩踏み出したところで、後ろから皇に腕をつかまれた。 「何で!?止めないと!」 「ならぬ!あれは正式な切腹の儀式だ。すでに準備が出来ておる。そなたには見えぬだろうが、大老の周りは、占者殿が結界を張っていらっしゃる。止めればそなたが無事ではおられぬ!」 「そんな……どうしたら……」 「……とと様を探して参る!」 「わかった!」 とにかくお館様が来てくれるまで、何とか止めておかないと! 「大老様!やめてくださいっ!」 オレが叫ぶと『お静かに』と、大老様の怒気を含んだ低い声が、早朝の広場に響いた。 大老様は、体をこちらに向けて座り直すと、オレに深々と一礼した。 「雨花様、ベールはどうなさいましたか」 大老様がそう言うと、広場に集まっていた人たちがざわざわし始めた。そっちこっちから『雨花様?』『雨花様らしい』『候補の雨花様か?』と、いうような声が聞こえてきた。 そうだ!候補は易々と顔を見せてはいけないっていうのに、オレ必死で……ベールを被って来なかった。でも、今そんなこと気にしてる場合じゃない! 「そんなことより、切腹なんて今すぐやめてください!」 大老様は、ふうっと息を吐いたように見えた。 「私ごときが、私事にて雨花様に直接お会い頂くなど恐れ多く、文にて、此度の一連の件、謝罪させていただく所存でございました。切腹の儀式が終わったのち、雨花様のお手元に届くよう、準備していたのですが……」 大老様は近くにいる人に、その手紙を持ってくるように命令した。 「え?オレに?謝罪、って……何ですか?」 「此度の件……雨花様を危険に晒したのは私です」 大老様はそう言って、もう一度オレに頭を下げた。 周りの家臣さんたちは、さらにザワザワとし始めた。 「何言って……大老様がオレを助けてくれたんじゃないですか!謝っていただくことなんか一つも……」 「いいえ。全て私の失態です。若の奥方様候補を危険に晒した罪……どれだけ重い罰を与えられたとしても、償えるものではありません。あとはこの身をもって、償わせていただくしかございません」 待っ……え……大老様がこんなことしてるの、オレの、せい? 「何で……オレが狙われたのは、大老様のせいじゃ……」 「いいえ。私が原因です」 大老様は『こちらをお読みいただけますでしょうか』と、家臣さんがもってきた分厚い封筒をオレに渡した。 大老様は『一連の事件について、これまでにわかったことをしたためました』と、また深く頭を下げた。 オレは、その場で封筒を開けた。 大老様の手紙には、こんなことが書かれていた。 父上が襲われた事件の犯人を挙げるため、護群は色々と調べてくれていたとのこと。 だけど、犯人の確たる証拠が見つからないうちに、はーちゃん襲撃事件が起きてしまい、その犯人を、先に警察によって捕まえられてしまった。 重要な手がかりを警察によって匿われたも同然だと、護群のみんなは大層悔しがったという。 だけど警察に捕まったがために、犯人の意外な素性がわかったという。 はーちゃんを襲った犯人は、戸籍を持っていなかった。 戸籍がないというその男を、護群に徹底的に調べさせた大老様は、その男が、子安産婦人科病院で生まれたことを突き止めた。 杉の一位さんの、実家だ。 杉の一位さんの実家は、ふたみさんが言っていた通り産婦人科を営む家系で、杉の一位さんのお兄さんが子安の姓を継ぎ、妹さんが家業の産婦人科医院を継いだという。 男子は家業を継いではならないという家訓によって、家業を手伝うことすら出来なかった杉の一位さんは、肩身の狭い思いを抱いて育ってきたらしいと、杉の一位さんを昔から知る人たちはそう言っていたらしい。 そんな杉の一位さんが、一般募集で、奥方候補の側仕え職に就く機会を得た。家臣の中で曲輪勤めは、雲の上の存在だ。 側仕えに選ばれれば、家の名を上げることが出来る。兄や妹よりも、自分が子安の名をあげることが出来ると、杉の一位さんは周りの人たちにそんな話をしていたそうだ。

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