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ラスボス戦⑥

「何でこれで、大老様が切腹をしないといけないんですか!」 「雨花様を襲ったあの男を、雨花様のもとに運んだのは、私です」 「え?」 どういう、こと? 「あの男は……私が操縦するヘリに、荷物と共に乗り込んで、雨花様のいるあの島に上陸したそうです」 「な……いや、でも!それは、大老様だって知らなかったことですよね?」 「知らなかったなど、言い訳にもなりません。私の点検が甘かったがため、雨花様を危険な目にあわせ、ぼたんに生死をさまよわせました。全てが私の落ち度です」 大老様は、オレにまた深々と頭を下げた。 「誠に……申しわけございませんでした」 「オレもぼたんも無事です!切腹なんてやめてください!」 「いいえ、たまたまご無事だったというだけです。今この時……雨花様はいらっしゃらなかったかもしれません。私の失態を、許してはなりません」 大老様は、オレに向けていた膝を、刀のほうに向き直した。 「大老様っ!駄目です!」 「若の奥方様候補を危険に晒すなど、大老職を任された者として、あるまじき失態。生き恥を晒しながら生き永らえるくらいなら、この身をもって償わせていただきたいと、お館様に腹を切る許しを仰ぎました。……どうか雨花様も……どうか……この身をもって償うことをお許しください」 大老様は、刀に向けて一礼すると、近くにいた家臣さんに『雨花様をお屋敷にお連れしろ。私の血で穢してはならない』と、命令した。 「大老様は、全部オレを守るためにしてくれたんじゃないですか!大老様が償わなきゃいけない罪なんか、何一つないじゃないですか!」 「早くお連れしろ!」 「大老様っ!」 オレの両腕は、その場から離そうとする大老様の家臣さんたちに捕まれた。 「大老様っ!やめてください!」 大老様は、オレの声なんか聞こえないみたいに、膝の前に置かれた刀を手に取った。 「大老様っ!駄目っ!」 どうしよう!どうしたらいい?!皇!お館様!母様っ!誰でもいいから大老様を止めて! 大老様が、手にした刀を腹に向けた。 もう駄目だ!誰も来ない!何か……何か止める方法……。 そう思った時、皇の言葉が頭に浮かんだ。 ”真の名前を呼んで命じれば、それに背くことは出来ない”って。 そうだ!大老様の名前……。 「紫紺(しこん)、止めろっ!」 オレが大声でそう叫ぶと、今までオレの声なんか聞こえていないように、着々と儀式を進めていた大老様の手が止まった。 高遠先生!先生がオレの家庭教師で、本当に良かった!先生に大老様の名前を聞いていなかったら、今、大老様の手を止めることが出来なかったかもしれない。 「鎧鏡一門にとって、次期当主の奥方候補は、何よりも優遇されるべき存在です!次期当主の奥方候補であるオレが命じます!切腹の儀式を、今すぐ中止してください!」 大老様は、動きは止めたけど、刀を離そうとしない。大老様のもとに行こうと一歩足を進めると『雨花様!結界がございます!入れません!』と、オレの腕を掴んでいた、大老様の家臣さんの一人が叫んだ。 占者様の結界を破ったら、オレも無事じゃいられないって皇も言ってた。でも、その結界を張った占者様って、あのあげはじゃん!大声で叫んだら、聞こえないかな?だって、結界を張ったってことは、どこかであげは、見てるんじゃないの?お願い!あげは! 「お願い!入らせて!」 あげはに聞こえずに、オレが無事でいられなくたっていい!そんなの怖がってたら、大老様が死んじゃうかもしれない! オレは、大老様目がけて突進した。 うあぁ!という、周りの悲鳴みたいな声に反して、オレはてんで元気なまま、大老様のすぐ目の前にいた。 あげはぁぁ!ありがとう! 「こんなこと、絶対に許さない!」 大老様の手から、刀を取り上げて放り投げた。 「オレを危険に晒したとか言ってるけど!大老様は全部、オレを助けるためにしてくれたんじゃないですか!それでも、自分のしたことが許せなくて、その身をもって償うっていうなら、死んでじゃなくて、生きて償ってください!大老様が捨てようとした命、オレが預かります!」 「雨花様……」 がっくりと肩を落とした大老様の背中に、自分が着ていた羽織りをかけた。 オレを危険な目に合わせたから、腹を切って詫びるなんて言う大老様に腹が立ったけど、オレが危険な目にあったのは、オレが弱かったからなんだ。オレがもっと強ければ、皇と離れることを選ばなくて良かったし、大老様に、こんなことをさせることもなかった。 「オレが弱いから……大老様にこんなことをさせてしまったんですよね。ごめんなさい。オレ、自分を守るために、強くなります。もう誰にも、こんなことさせませんから」 その時、周りの家臣さんたちがザワザワし始めた。何かと思って振り向くと、そこに、家臣さんたちに囲まれた、お館様と皇が立っていた。

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