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ラスボス戦⑩
「青葉が聞きたいことはわかる」
母様は三の丸の一位さんに、何か飲み物を用意するようにと言って、オレの前のソファに座った。
「さっきのは何だったのか……ってことだよね?」
「はい。オレ、大変なことをしちゃったのかと思って……」
「大変素晴らしいことをしてくれたよ。よく大老を止めてくれたね、青葉。ありがとう」
「母様も知ってたんですか?」
「まぁね。大老が切腹したいって王羽に言いに来た時、一緒にいたし。大老、本当に腹を切って青葉に詫びるつもりだったんだ」
「あ……オレの噂を払拭するために、腹を切るつもりだったって……」
「ああ、それもあるけど、大老の本当の目的は、腹を切って青葉に詫びることだよ。青葉の悪い噂を払拭するっていうのは、あくまでおまけでついてきたらいいのになーぐらいでね」
「そんな!オレに謝るために切腹なんて……。それなのに、お館様は許可なさったんですか?」
「ああ、実質、切腹の許可を出したのは私だよ。大老は言い出すと引っ込めないからね。一旦儀式の決行を許して、青葉に止めてもらおうと思ってさ。駒が止めてくれって迎えに行ったでしょう?千代はバカ真面目だから、儀式を止めることはしないだろうけど、青葉ならきっと止めてくれると思ってた」
「……」
オレ、ホントにあの時、大老様を止められて良かった。
「あのバカが、青葉を危険に晒して、ぼたんにケガを負わせる原因を作ったのは事実だからね。大老が切腹させてくれって言いに来た時、最初はそうだなって、腹切って詫びるくらいのこと、しでかしやがったよなって思ったんだけどね」
「ぅえっ?!」
「ま、そうは言っても、王羽の大老なんて、あいつじゃないと務まらないし……止めてくれてありがとう、青葉」
「止める気だったなら、止めろって連絡してくれてたら、皇が止められたんじゃ……」
「いや、千代じゃ多分、大老を止められなかったと思う。それに、私のお願いで二人が大老を止めに行ってたら、大老は切腹の儀を中止してなかったと思うよ?あいつ、そういうとこ鋭いし面倒くさいから」
「はぁ……」
母様は『良かった良かった。これで青葉の悪い噂も消えるし、みんな青葉を称賛するよ。さっきの切腹騒ぎ、録画してあるからあとで一緒に観ようね』とか、喜んでるんだけど……。
「あの……それでオレ、何で、ここに?」
「あ!そうそう、ごめんごめん」
母様は、ポケットから小さいメモを取り出した。
「なんですか?」
「杉の一位の聴取が終わったから、青葉に詳しい話を……と、思って」
「えっ?!」
そういえば……大老様の手紙に、母様が杉の一位さんの動機を聞いてるって、書いてあった。でも、杉の一位さんが捕まってから、丸一日も経ってないよね?もう動機を聞き出したの?早っ!
「動機を無理矢理吐かせようとする護群のあとに、”優しい御台様”が行ったらすぐに話したよ」
母様は、口端をニッと上げた。
杉の一位さんがオレを狙ったのは、やはり天戸井を皇の嫁にするためだったそうだ。
天戸井が皇の嫁になれば、自分が次の御台様の一番の側近になる。それは実質、家臣の中でも一、二を争う権力を持つということだ。
曲輪勤めになったことで、子安の名を上げた杉の一位さんは、天戸井が嫁にならなければ、曲輪勤めの任を解かれると思っていたという。
そうなれば、また元の状態に戻ってしまう。それだけはどうしても避けたかったらしい。
杉の一位さんが担当することになった天戸井は、母親が元女優というだけある美しい外見と、日本有数の映画配給会社の社長が父親という、華やかな経歴を持ち、その会社の後継者として質の高い教育を受けてきた、次期鎧鏡当主の嫁になるには、申し分ない人材だった。
それまで、家臣の中ではふっきーが嫁確実だと噂されていたけれど、杉の一位さんは、近くで天戸井を知ることで、鎧鏡の嫁には天戸井が選ばれるべきだと確信したという。
でも、渡りが始まっても、皇はいつまでたっても夜伽をせずにすぐ帰ってしまう。杉の一位さんは心配になり、皇の夜伽事情について調べ、皇が不能だという情報を得たそうだ。
夜伽がないのは皇が不能のせいで、天戸井が気に入らないわけではなかったのだと、杉の一位さんはその件については安心したそうだけど、そのあとすぐ、ふっきーが東都大の推薦を取ったことで、ふっきーが嫁に選ばれてしまうかもしれないと、猛烈な不安感に襲われたんだそうだ。
杉の一位さんは、ふっきーが東都大の推薦から外れるよう、神猛学院にいられなくなるか、不登校にでもなればと、神猛の生徒を使って、ふっきーに嫌がらせをすることを思いついたんだそうだ。
そこで、はーちゃんを襲ったあの男を、神猛の生徒に近付くよう仕向けて、ふっきーに嫌がらせをさせたという。
ふっきーへの嫌がらせは、B組の天戸井ファンが勝手にやったことじゃなくて、杉の一位さんが裏で仕組んだことだったんだ。
ふっきーを神猛から追い出せば、天戸井が嫁確実になるだろうと、ふっきーへの嫌がらせを続けていた時、オレの階段落ち事件が起こった。
オレが階段から落ちた原因は自分にもあると思うから、見舞いに行きたいと言った天戸井についてきた杉の一位さんは、その病室で、オレに、他の候補には付いていない"小姓"が付いていることを知った。
その時まで、直臣衆の息子であるオレは、絶対に嫁に選ばれないと思っていた杉の一位さんは、小姓の存在を知ったがために、オレが嫁に選ばれる可能性を疑い始めたという。
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