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ラスボス戦⑫
「杉の一位の処分は、衆団会議で諮 ることになるだろうけど、一族が杉の一位の犯行動機の一端を担った責任があることは言っておこうと思ってる。杉の一位の罪が、軽くなる可能性もあるけど……」
母様はそこで、オレをじっと見た。
「オレも……それがいいと思います」
本当に、すごく怖い思いをした。
父上が襲われて、はーちゃんが襲われて、オレ自身も……。
オレを庇おうとしたあげはを庇ったぼたんが、血だらけで虫の息になっていくのを、ただタオルで体を押さえていることしか出来なかった恐怖心と無力感は、多分、一生忘れない。
本当に、本当に怖かった。
だけど……。
杉の一位さんを、一生許さないというほど、憎む気持ちには、なれないと思った。
みんなが無事だったから、そう思えるのかもしれないけど……。
万が一、ぼたんや誰かが命を落とすようなことになっていたり、オレ自身が、本当にあの男に襲われていたとしたら……そんな風には思えなかったかもしれない。
でも、無事だったから。
大老様は、オレたちがたまたま助かっただけって言ってたけど、オレたちが助かったのは、たまたまだけじゃないと思う。
だって、父上が自分を守れたのは、日々の鍛錬のたまものだし、高遠先生やしらつき病院の先生たち、母様だって、日々積み上げてきた腕があったから、ぼたんやいちいさんや土井さんを助けられたんだと思う。
皇は、オレが鎧鏡家の嫁候補だから狙われたって言ったけど、オレが鎧鏡家の嫁候補だから、助かったとも言えると思う。
あんなことを考えた杉の一位さんの言葉を信じるのはどうかとも思うけど……殺すつもりはなかったっていうのは、多分……本心だと思うし。
母様は『ありがとう』と、オレを抱きしめると『処分が軽くなるかもっていっても、二度とこんなことを考える奴が出ないくらいの処分にはするけどね』と、オレの頭をポンッと撫でた。
「はい」
「うん。あと、何か気がかりなことはある?」
「あ、あの……オレに、それを教えてくれるために、ここに?」
「あ!いやいや、今のは前ふり。青葉には今夜、千代の面倒を見てもらいたくて、ここに入ってもらったんだ」
「え?」
「青葉がいない間、千代はろくに寝ないし食べないし……本当にひどい有様でね。だけど……私と王羽じゃ、どうにもしてあげられなかったんだ」
母様は小さくため息を吐くと、オレに『青葉に会えると思った途端、シャッキリしちゃってさ』と、にっこり笑いかけた。
「でも……元気そうに見えるけど、千代には休息が必要だ。それは青葉も同じだよ。納会に出たら、明日の朝まで大広間を抜けられない。かといって、千代と青葉が揃って納会に出なくていいようにするには、よっぽどの理由がないと無理だしね。ってことで、主催者の私が、二人に納会出席を禁じたってわけ」
「え……」
オレたちを、納会に出さず休ませるためだけに、あの騒ぎ?ですか?大掛かりすぎです!母様!
今回の事件の主犯は杉の一位さんだったけど、オレたちがゲームの登場人物だったなら、ラスボスに相応しいのは、絶対、母様だと思う。
……いや、そんなこと言えないけど。
「あれだけ盛大に騒いだから、私が許すまでここには誰も来ないよ。ここが一番、邪魔が入らないからね。休息しろって言ったって、千代が大人しく寝るわけないだろうけど、青葉がやめろって言ったら、多分やめると思うから。適当なところで、二人ともちゃんと睡眠は取るんだよ。あ、ちなみにここ、完全防音だから、その点は安心して」
その点って、なんの点ですか!恥ずっ!
母様は『千代をよろしく』と言って、もう一度オレを抱きしめた。
母様が出て行ってしまった地下牢で、ソファに座ってじっと皇を待っていた。
母様は、すぐに皇をこっちに寄越すって言ってたけど……。
いつ、来るの?
どんどんドキドキしていく。
何、期待してんの、オレ……。
だって母様が、ここは完全防音とか、皇は大人しく寝ないとか……そんなこと、言うから……。
『肩が治ったら遠慮なく抱く』と言っていた皇の言葉が、頭に浮かんで……離れない。
鎖骨が治ったって診断が下った日に父上の事件が起きて……それどころじゃなかったから、結局、二か月近く……皇と……シてない。
「……」
めちゃくちゃ緊張してる。もう、吐きそう。
そんな風に思っていると、ドアが思い切りバンっと開いた。
「どはっ!」
びっ……くりしたぁ。
「雨花!」
皇は、手に持っていた籐で出来た大きな籠を机に置いて、オレが躊躇う間もなく、ぎゅうっとオレを抱きしめた。
「ちょっ……足、大丈夫?」
「足?」
「さっき、母様に……」
「ああ、まだ痛むが……」
皇が、オレの頬を両手で包んだ。
「足の痛みなぞ気にならぬ。それよりも……胸が焼けるように苦しい」
「え?」
「……そなたを欲して、胸が痛む」
柔らかく、唇が重なった。
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