バタバタとベッドを出たオレに『ほら、納会があったから、梓の一位にきちんと説明する前に、あお……いや、雨花様……いや、もう青葉でいいよね？青葉が私に牢屋に入れられたって話が、先に耳に?入っちゃったみたいで……。二位と一緒に無理矢理退院して来たんだよ。ごめん！』と、母様は頭を下げた。 「体は大丈夫なんですか？いちいさん」 「はい。もういつでも退院出来るまでに回復しておりました。もとより、入院など必要なかったですし」 それを聞いて母様は『いやいや必要だったよ？』と、困った顔をした。 「でも、か、あ……御台様と一緒にいるってことは、もう本当の事情は聞いたんですよね？」 母様がオレをここに入れたのは、休息のためっていう……。 「あ……それがね……」 いちいさんが何か言う前に、母様がさらに困った顔をした。 「え？」 いちいさんは、小脇に抱えていたタブレットをツイっと操作して、オレの前に差し出した。 「……嘆願書？」 タブレットの画面を覗くと『嘆願書』と、大きく書かれていて、その下にズラズラと名前が書かれている。 「え？」 これ、は？ 「ホント、ごめん！梓の一位！」 母様は、いちいさんに向けて、パンッと手を合わせて、頭を下げた。 え？どういうこと？ 「実はね……」 母様が申し訳なさそうな顔をしながら、説明をしてくれた。 オレが大老様の切腹の儀式を無理矢理止めたために、母様に地下牢に入れられたっていう話は、駒様からすぐに三の丸に伝えられて、あっという間に、しらつき病院に入院していたいちいさんの耳にも届いたそうで。 いちいさんはびっくりして、すぐに切腹騒ぎの詳しい内容を調べるように、梓の丸に指示を出したんだそうだ。 いちいさんが言うには、情報通のあげはが、すぐにどこかから詳しい内容を聞いて来てくれたという。 それ……どこかからじゃなくて、絶対あげは本人が見てた情報でしょ？ あげはぁ……うまいこと言ってくれたら、そこでいちいさんを止められたでしょうが！もー！絶対面白がってるよ！ 　 "雨花様を危険に晒したからと、腹を切って詫びると言った大老様を、雨花様はお許しになり、お館様がいらっしゃる前で切腹を止めたというのに、儀式を中止したという理由で雨花様が罰を受けるのはあんまりなのではないか"……と、いちいさんは、オレの罰の軽減を求める嘆願書を、一門に向けてネット発信したという。 いちいさんが発信した嘆願書は、あっという間に何百、何千という署名を集めたらしい。 その話を納会の途中で耳にした母様は、オレを地下牢に入れた本当の理由を、いちいさんに話し忘れていたことを思い出し、慌てて梓の丸に向かったそうなんだけど……母様が着いた時にはもう、いちいさんが集められるだろうと思っていた署名数を、随分と上回ったあとだったそうで……。 「一日二日、二人をゆっくり休ませたら出すつもりだったんだけど……。心配かけちゃったね。本当にごめん。でもこれで、大老が腹を切って青葉に詫びようとしたことも、青葉が大老を止めたことも、一門のみんなに知れ渡ることになったわけでしょう？しかも、そんな青葉を、一門のみんなが許してあげてって署名してくれたってことだよね？結果オーライじゃない？」 母様は、さっきまでの困り顔はどこへやらで『話し忘れてたのもサクヤヒメ様の思し召しだな』なんて、ホクホクしている。 「いちいさん……ありがとうございます」 「雨花様……島では、しっかりお守り出来ず、私が先に襲われるなど……本当に申し訳ございませんでした」 深々と頭を下げたいちいさんを、オレはぎゅうっと抱きしめた。 「いいえ。いちいさんは、出会ってからずっと、オレを守ってくれてます」 「雨花様……」 「いちいさんがいたからオレ……頑張ってこれたんです」 今まで、ずっと……。 号泣してしまったいちいさんをソファに座らせてハンカチを渡すと、母様は、いちいさんが持ってきたタブレットを、つらつらとスクロールした。 「ホント、すごい数の署名だね」 オレも母様の隣で画面を覗くと、そこによく知っている名前が出てきて、我慢出来ずブワッと泣いてしまった。 「青葉？」 母様がオレの顔を覗いた。 「名前……」 「ん？」 「これ……」 「あ！」 オレが指した場所には、"塩紅雪佳"という名前が書いてあった。 「雪ちゃん……署名してくれたんだ。良かったね、青葉」 「……はい」 塩紅くんが、オレの罪を軽くするための嘆願書に、署名してくれたなんて……。 オレは、塩紅くんの名前を見ながら、いちいさんと一緒に、ひとしきり泣いた。 いちいさんの嘆願書を受けて……という形で、オレは地下牢を出してもらった。 ついでに皇も何のお咎めもなしってことになって、梓の丸では、オレの帰還と釈放を祝った、ちょっとしたパーティが開かれた。 パーティを楽しみながら、そういえばクリスマスだったっけ！なんてことを思い出した。クリスマスなんて、鎧鏡家には関係ないけどね。 でも……日本の世間一般的な、カップルでのクリスマスの過ごし方は、した、かな。 場所は地下牢だったけどね。