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…②
「鎧鏡次期当主は、二十歳の誕生日まで奥方様を娶ることは出来ません。それは、サクヤヒメ様との約束事の一つ。若が雨花様を奥方様にと宣言したところで、鎧鏡の名を持たない雨花様は、サクヤヒメ様からのご加護を得られません。丸腰同然なんです。そのような口約束だけで、雨花様を狙う者がいなくなるとなぜ言い切れますか!どうぞこのまま、沈黙をお守りください!」
「それでは、雨花は候補のままだ。候補であるがゆえ、雨花は権力を欲する者に狙われたのだぞ!このまま今年も展示会を開き、新たな候補を迎えれば、雨花が狙われる危険をまた増すやもしれぬ!そちも雨花を守る気があるのなら、雨花を余の嫁と公表し、展示会を中止と致せ」
「展示会の中止なぞ、言語道断です!展示会は、一門の最重要行事です。それを中止したとなれば、それこそが、雨花様を奥方様に決めたという確信を、一門内外に持たせることになり、雨花様の御身が危険に晒されます!」
「ゆえに、先に雨花を嫁に決めたと発表させろと言うておる!」
「発表したがために、他の候補と分散されていた危険を、雨花様が一身に受けることになるかもしれないのですよ!」
ダンっ!と、立ち上がった皇が『余は雨花以外娶らぬ!』と、オレの手を引いた。
「雨花に何かあれば、余は雨花のあとを追う!雨花に何かあれば、鎧鏡は潰れる!雨花に手を出すな!そう発表すれば良い!」
そこでお館様が『はいはい。お前たちは本当に激情型だな』と、皇と大老様の間に立った。
「もう少し穏やかに話せる内容だろうが」
お館様は皇を座らせると『お前たちが話してる内容は、どちらも雨花様を守りたいってことなんだからさ』と、ふっと笑って、自分もソファに座って足を組んだ。
「さて……私はいいと思うけどね。すーが雨花様を嫁に決めたって発表してもさ」
「ですが!」
「お前も見ただろ?雨花様がいなかった間のすーの酷い有様。万が一、本当に雨花様に何かあって、すーだけ生き延びてごらんよ。死ぬまでアレより酷い抜け殻状態になるだろう。そんなすーを、家臣は当主と認めると思うか?」
「……」
「私も思わない。すーのあの酷い有様を多くの家臣が見ている。あれが雨花様がいなかったからだと説明すれば、すーにとって雨花様がどれだけ大切な存在か、家臣みなにわかってもらえる材料になるだろう」
「……」
「鎧鏡は、サクヤヒメ様に繁栄をお許しいただいた一族だ。すーの世界に雨花様が現れたその日から、雨花様はサクヤヒメ様に守られていると思うよ?なんてったってうちの跡取り様は、雨花様がいないと使い物にならないようだからね」
お館様が『ね?』と言うと、大老様は『そのような解釈でよろしいのでしょうか』と、お館様に頭を下げた。
「雨花様は、すーの半身なんだとさ。すーが守るさ。そうだろう?」
皇は、お館様の言葉に力強くうなずいた。
「すーには出来るよ。お前がそう育てたんだ。信じてあげたら?」
大老様はそう言われて、下げていた頭をふっと上げた。
「ご一族の望みを叶えるのが、我ら家臣の喜びであり、誉。……私も、若と共に、雨花様をお守りして参ります」
「大老……」
大老様……。
もう一度頭を下げた大老様に『ありがとうございます』とお礼を言おうとすると、大老様は、キッ!と皇に視線を向けた。
「若が雨花様をお娶りなさると公表することは……承知します。ですが!こちらにも条件がございます!殿のおっしゃることはわかりますが、根拠がございません!こちらでも安全策を取らせていただきます!まず、雨花様を奥方様にお迎えになるという話は、一門の外に出さないよう、家臣みなにきつく言い渡すこと!鎧鏡の権力を欲する輩は、一門内だけに存在しているわけではありません!家臣は若の作戦で止められたとしても、門外の人間には通じません。これまで同様、複数の候補を置き、対外的には誰が奥方様になるかわからないようにすることで、雨花様の安全をお守りするのが、一番有効かと存じます。ゆえに!今年も展示会は開催し、雨花様のガードになるよう、多数の候補をお選び頂きたく存じます!」
それを聞いて反論しようとした皇を、お館様が手で制した。
「大老のその案は、おいおい衆団会議で諮る としよう」
「……」
『お願い致します』と、頭を下げた大老様を見下ろしながら、何の返事もしない皇に、お館様はもう一度『皇、いいね?』と、声を掛けた。
お館様が、皇のことを『皇』って呼んだの、初めて聞いた!にっこりしてるけど、お館様の……なんていうか圧力?半端ない!
周りにいる重鎮の人たちも、目を伏せてじっと皇の返事を待っている。
ものすごい癒し系だと思っているお館様のこんな威圧的なところを、初めて見た。やっぱり、鎧鏡当主の肩書きを持ってる人……なんだ。
皇は口を結んで『はい』とだけ、返事をした。
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