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…③
皇の部屋でのゴタゴタが終わったあと、あの防音室が解除されると、そこにいちいさんが、心配そうな顔で待っていてくれた。
オレは、新年会の支度をしてくると言って、皇の部屋をあとにした。
支度を済ませたオレは、新年会開始の時間に間に合うよう、父上が作ってくれたお揃いの黒い羽織袴を着た側仕えさんたちと一緒に、本丸までの道を急いだ。
今は誰もいない、桐の丸に差しかかった時、塩紅くんが嘆願書に署名してくれたこと、天戸井を担当する一位さんが、元桐の一位さんになるということを思い出して、立ち止まって、一礼した。
「雨花様?」
「……急ぎます」
「はい」
いちいさんは何も聞かず、オレの後ろをついて来てくれた。
オレの背中は、梓の丸のみんなが、いつでも守ってくれている。
✳✳✳✳✳✳✳
新年会で……皇は、オレを嫁に決めたと宣言する。そう思うと、嬉しいよりも怖い気がして、オレは新年会に出るための支度をしてくれているいちいさんに、その話をした。
「聞いております」
「えっ?!」
いちいさんの意外な答えに、オレがものすごくびっくりすると、いちいさんは、皇が昨日、その話をしに、梓の丸に来てくれたと話してくれた。
もしかすると、いちいさんたちに迷惑がかかることもあるかもしれない、それでもオレを嫁だと、みんなに公表したいがいいかと、聞きに来てくれたんだそうだ。
皇がそんなふうに、うちのみんなのことを気にしてくれてたなんて……。
「ですから、梓の丸の皆は、今日起こる大事件を知っております。みな大喜びで……鎮めるのに苦慮致しました」
いちいさんはそう言ってにっこり笑った。
「あ……あの!あの!それで……いいんでしょうか?」
いちいさんは『失礼致します』と言って、オレをギュッと抱きしめてくれた。
「それでいいんです。若様のお隣に立つのは、雨花様以外、いません。雨花様の背は、私共が守らせて頂きます。どうか恐れず、堂々とこの先の道をお進みください」
「いちいさん……」
いちいさんは目を潤ませながら、大きくオレに頷いてくれた。
オレには……背中を守るって言ってくれる人たちがいる。オレが駄目候補って言われてた時から、ずっとずっと……変わらずそばにいてくれて、オレの幸せを、オレ以上に喜んでくれる人たちが……。
いちいさんたちに、大事にされてきたオレを信じる。何より、皇が選んでくれたオレを……信じる。
「オレ……行きます」
「はい。ついて参ります」
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そんなやり取りがあったからオレは、側仕えさんたちと一緒に、これから、もしかしたら大変なことが起きるかもしれない本丸までの道を、堂々と歩くことが出来たんだ。
「宴の前に、みなに伝えることがある」
大広間に、出席者があらかた揃ったところで、皇は大広間の一番奥の上座で、すっと立ち上がった。
オレは途端にドキドキし始めて、胸に手を持っていくと、後ろからいちいさんが、オレの背中をポンポンっと撫でてくれた。
オレはこくんと頷いて、皇の言葉を待った。
新年会には、直臣衆、家臣団はもちろんのこと、曲輪の使用人さんたちや、候補の家族なんかも呼ばれているということだった。
静まり返った中、皇は『余は、雨花を嫁に娶ると決めた。この先、雨花は余の嫁と見知りおけ』と言い、腰を下ろした。
オレに会場内の視線が一気に集まって、ドッと冷や汗をかいた。
ざわざわっと場内が騒がしくなったところで『あの!』と、一人が立ち上がった。
あそこらへんは、どういう関係の人が座っている席だろう?でもあの人、どこかで見たことがある。……どこで……だっけ?
その時後ろからいちいさんが『白映 の社長、楽様のお父上様です』と、こそっと教えてくれた。
そうだ!天戸井の誕生日で見た!天戸井のお父さんだ!
天戸井のお父さんが……何で?
「恐れながら……雨花様のご実家は、直臣の家柄でいらっしゃる。雨花様には、ご兄弟はお姉さんだけと伺っております。雨花様が奥方様になってしまわれたら、柴牧家はどうなるのですか?」
大広間は、天戸井のお父さんのその発言で、さらにザワザワし始めた。
ここにいるのは、直臣衆さんと、家臣団さんだけじゃない。はーちゃんの旦那さんを、柴牧の跡取りにと許されたことを、知らない人のほうが多いかもしれない。
「柴牧は、雨花様の姉上、葉暖ちゃんの婿さんが継ぐから心配いらないぞ!」
そう言ってくれたのは、直臣衆の南様だ。
「雨花様はまだ18歳です。お姉さんは、おいくつなのですか?もう結婚していらっしゃるのでしょうか?それは一門の人間と……なのですか?」
天戸井のお父さんのその矢継ぎ早の質問に、南様が父上を見ると、父上は『ご心配には及ばぬ』と、にこりと笑った。
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