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…⑥

「お酒の匂いに、酔ったのかも。ちょっと頭が痛くて出て来た」 「今も痛むのか?」 頭を横に振ると、皇はオレの頭にキスをした。 「ちょっ……見られるよ?」 こんなところでキスなんかして……。 「見せておけ。……雨花」 「ん?」 皇は口端を上げると、自分の着物の合わせから取り出した物を手の平に乗せて、オレに見せた。 プラチナプレートのペンダントだ。 『あおば あなたは私だけのもの 私もあなただけのもの すめらぎ』と、英語で彫ってある。 「これで良いか?」 「……ん」 皇がペンダントをオレにかけた。 「ようやくそなた、余だけのものになったな」 皇は『もうそなたは余だけのものだ。目移りなぞしてみろ。相手をきれいさっぱり消し去ってくれる』とか、怖いことを言う。 「……皇」 「文句は聞かぬぞ」 オレの鼻をキュッとつまんだ皇に『オレ、すごい幸せ!』と笑うと、皇はオレを壁に押し付けて、長い長い、キスをした。 「そういえば、何で急にオレを嫁にって宣言しようと思ったの?」 「ああ、柴牧家殿に、そなたを嫁に決めたと言うたあと、そなたのことを"奥方様"と呼んだであろう。余が決めれば、そなたはもう余の嫁なのだと思うてな。余の嫁に手出しする者はおらぬ。そう気付いたゆえ」 実家でのあれこれが、今日の宣言に繋がってたの?うわぁ……。 ふはっと笑うと『そなたはそうして笑っておけ』と、もう一度キスされた。 「余の目の前で、一生な」 にやりと笑った皇がかっこよくて、オレは『二生でも三生でも、お前の前で笑っててやる!』と、飛びつくようにキスをした。 「見られるではないか」 皇が、ふっと笑う。 「見せとけ!」 そう言ったオレに、皇はまた、長いキスをした。 皇と別々に自分の席に戻ると、母様が『ごめん!みんな!雨花様にご宣託でちょっと席を外させる』と、オレを大広間の外に連れ出した。 「え……ご宣託って……」 サクヤヒメ様から? 「嘘。うちの悪戯好きな占者様が、青葉をお呼びだよ」 「え?」 あげはが? 母様の指示通り、本丸の奥から地下へ降りて行くと、明かりが漏れているドアが見えた。ドアの向こう側から『どうぞ』と、あげはの声がする。 「失礼します」 「雨花様!」 「あげは、どうしたの?」 こんなところにわざわざ呼び出して……。 「雨花様が、皇の嫁に決定したお祝いをさせてください」 「え?」 「それに、サクヤからの加護が受けられるまで、ボクも微力ながら、雨花様をお守り出来たらなって思って」 あげはは『それにはここに来て頂く必要があったもので。どうせ本丸にいらしてるなら、今やっちゃおうかなぁって。新年会、盛り上がってるとこでした?』と、肩をすくめた。 「ううん。ちょっとお酒の匂いに酔った感じだったから、助かった」 「良かった。じゃあ、雨花様、こちらに」 オレの手を取ったあげはは、オレを自分の前に跪くように言った。 オレがあげはの前に跪くと、あげははオレの背中側にまわって『背中を出していただけますか?』と、言いながら、何やらブツブツと呪文のような言葉をつぶやき始めた。 オレはあげはに言われた通り、袖を抜いて、上半身だけ着物を脱いで、あげはに背中を向けた。 あげはは指で、オレの背中に何かを書いているらしい。何を書いているんだろう?と、あげはの指を頭の中で追ってはみたけど、あまりに複雑で途中で考えるのをやめた。 『よし!』と言ったあげはが、トンっとオレの背中を叩くと、何かが背中から体の中に入ってきた気がして、オレは軽くよろけてしまった。 「何、今の?」 振り向いてあげはを見ると『お着物、直していいですよ』と、にっこりされた。 着物を直している間に、説明してくれたあげはの言うことには、オレの背中全体を、お守りのようにしてくれたらしい。 オレが『すごいお祝いだね、ありがとう』とお礼を言うと『これはお祝いじゃないですよ。お祝いはこれから。何かして欲しいことないですか?ボク、雨花様のお願いなら何でもきくって、約束してましたよね?』と、笑った。 そういえば、そんな約束してもらったことがあったっけ。 「今のボクに出来ることは限られてますけど……とりあえずなんでもいいから言ってみてください」 「ええ……そう言われても……」 「あ、して欲しいこと、とか言うからか。困ってることとか、不安なこととか、ないですか?」 「あ!それならいっぱいあるよ。鎧鏡家の嫁……とか、オレにちゃんと務まるのかな……とか」 「その心配はいらないと思いますけど……。あ!じゃあ、雨花様がしっかり皇の嫁になってるとこ、見に行きましょうか?」 「へ?!」 見に行く……って、どこへ?

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