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♯2 即興曲〝桜隠し〟8

 真雪はスプーンを置くと、桜也の横腹にそっと手を置き、ピアノを弾く時のように指を動かし始める。  弾いているのはショパンの『幻想即興曲』。 「中学校の音楽室でこの曲を弾いた時にさ、桜也が『すげーな!真雪、こんなん弾けるの?かっけー!』って言ってくれたの、今でも覚えてるよ」  過去に思いを馳せ、真雪は遠い目をする。 「サッカー部のエースで、クラスの人気者だった桜也が、僕を褒めてくれる。ピアノが弾ければ、桜也はこんな僕を見てくれるんだって感激したんだ。 だから僕は、もっともっと弾けるようになりたくて、ピアノに熱中していったんだ。今の僕があるのは、桜也のおかげなんだよ」  右手は16分音符の4連符、左手は8分音符の3連符。  真雪の病的なまでに白い指が、目にもとまらぬ速さで動く。  桜也の目が限界まで見開かれた。  まるで、見たくない過去の扉を開けられてしまったかのように。   「やめろ、やめろよっ!」  桜也は右腕を動かし、真雪の手を払いのけた。  大きく身じろぎした途端、真雪のものを咥え込んでいた腸内が、ぐりっとねじれた。 「ふ、ああ、ああん…!」  背中を反らして嬌声を上げる桜也。  真雪は驚き、話を止めた。 「ふっ、うう…」  ほおから耳まで赤くなり、桜也はうつむいてしまう。丸くなった背中を、真雪は困惑して見つめる。  桜也はどうしたのだろう。  真雪が顔をのぞきこむが、ふいっと背けられてしまう。 「…して」  かすかに震える声で、桜也はつぶやいた。 「なにを?」  それは単なる疑問の言葉だったのだが。  桜也は一瞬躊躇してから、観念したように言った。

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