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♯3〝チロシナーゼ欠乏症〟1

 ショパン即興曲 第4番 嬰ハ短調 作品66。  「幻想即興曲」  聞きたくなかった。その曲名を。  それは桜也にとって、真雪との格の違いを思い知らせた、悪魔の曲なのだから。  ショパンの代表曲である「幻想即興曲」。  この曲の特徴は、右手は16分音符の4連符、左手は8分音符の3連符で、かなりのスピードで進行することだ。 「『いーち』と数える間に、右手で1・2・3・4って叩いてみて。 同じように、『いーち』と数える間に、左手で1・2・3って叩いてみて。 じゃあ、右手は4拍、左手は3拍で、右手と左手を同時に叩いてみて」  …と言われているようなもの。  4:3のリズムは、かなりハイレベルな演奏技法。  普通の人なら、4連符か3連符か、どちらかのリズムに引きずられてしまうだろう。  しかも、この曲はかなり速いテンポで進行する。  親友である真雪は、そんな難曲「幻想即興曲」をなんなくマスターした。しかも、なんと彼が中学生の頃に。  一度、真雪に聞いたことがある。どうすれば、4:3のリズムが弾けるようになるのか、と。  真雪は困ったような顔で、こう言った。 「うーん、なんでだろう。やったら出来ちゃったんだよね。だからきっと、桜也もやってみたら出来るよ」

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