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♯4 練習曲〝憧憬〟7

 ピアノを始めた真雪は、瞬く間に才覚を発揮した。  友達と遊ぶことも滅多になく、暇をもてあましていた真雪は、ピアノの練習に没頭した。  練習すれば弾ける曲が増える。弾きこなせる曲が増えると嬉しい。真雪がピアノを楽しむのに比例して、演奏技術も上達していった。  この教室では、ピアノの教則本が決まっている。  初心者用のバイエル教本からスタートして、ブルグミュラー25の練習曲、ソナチネアルバム、ソナタアルバム、という順番だ。  だから教室に通う生徒たちは、どの教則本を使っているかで、お互いのレベルを図る。 「え、真雪、もうブルグミュラー終わったの⁉ 早えー! な、じゃあ、あれ弾いて! 『アラベスク』! ……うおお、超上手いじゃん! すげーな、真雪!」  桜也とピアノの話ができるのが嬉しかった。  桜也にほめられるのが嬉しかった。  桜也のきれいな瞳に、自分だけが映っているのが誇らしかった。   ピアノが上手くなればなるほど、桜也は自分を見てくれる。  演奏自体の楽しさと、桜也の関心を独り占めできる愉悦に、真雪は夢中になった。  真雪の練習時間はどんどん増えていく、  楽譜を目で追い、鍵盤の上で指を動かしながら、真雪は心の中で叫ぶ。 (桜也、桜也…! もっと、もっと僕を見て!)

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