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♯4 練習曲〝憧憬〟8

 だが中学生になると、桜也と過ごす時間は減っていく。桜也はサッカー部に所属し、忙しくも充実した時間を過ごしていたからだ。  太陽の光がさんさんと降りそそぐ校庭で、サッカーボールを追いかけて走り回る姿。シュートを決め、チームメイトと喜び合う姿。付き合っているマネージャーの女の子と、仲良く談笑する姿。  桜也のきらきらした中学生活を、音楽室の遮光カーテンの隙間から見ていることしかできない、情けない自分。  「幻想即興曲」をはじめ、ショパンの代表曲はだいたい弾けるようになったのに。  交友関係が広くなった桜也は、真雪のピアノをじっくり聴こうとはしなくなった。避けられてるように感じ、真雪は寂しくなる。 (桜也…)  一人の寂しさは、嫉妬と独占欲を誘発した。  桜也を誰にも見せたくない。  あの明るい笑顔を見てしまったら、誰もが桜也の魅力に惚れてしまうだろうから。  マネージャーの彼女とも別れさせたい。  できることなら、真雪としか会えない空間に閉じ込めてしまいたい。   (もちろん、そんなことできるわけない、けど…)  現実には無理でも、きっと妄想なら許される。

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