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♯4 練習曲〝憧憬〟11

 待ち合わせ場所は、東京都 新宿区にある居酒屋。  中学卒業以来。  九年ぶりに再会した桜也を見て、真雪は息をのんだ。   げっそりとやつれ、目は虚ろで、目の下には黒いくまができている。  かろうじてひげは剃っているものの、スーツはしわしわで、シャツの襟は汚れている。    明るくきらきらしていた桜也の変貌ぶりに、真雪は愕然とした。 「桜也、どうしたの…⁉」  告白なんて後回しにして、真雪は問う。  ぽつぽつと語られる桜也の近況は、悲惨なものだった。  長時間に及ぶ非効率な会議。深夜まで及ぶ書類作成。休日は接待ゴルフ等にあてられる。  NOと言えない気弱な上司のせいで、クライアント企業のわがままをすべて受け入れるはめになり、スケジュールはどんどん過密になっていく。  退職者が多いのに人員が補充されないせいで、人が足りない。  結果、桜也に負担がのしかかることになる。  平日は、会社を出るのは夜11時過ぎ。  休日出勤に接待。  有給もなかなか取得できない。  付き合っていた彼女にも愛想を尽かされ、別れてしまったらしい。 「おまえはすげえよな。今や世界的に有名なピアニストだもんな。 それに引き換え、おれなんか社畜だぜ。情けねえよな、ははっ」  桜也は疲れた顔に無理に笑顔を浮かべ、泡だらけのビールをぐいっと飲み干した。

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