32 / 164
♯4 練習曲〝憧憬〟11
待ち合わせ場所は、東京都 新宿区にある居酒屋。
中学卒業以来。
九年ぶりに再会した桜也を見て、真雪は息をのんだ。
げっそりとやつれ、目は虚ろで、目の下には黒いくまができている。
かろうじてひげは剃っているものの、スーツはしわしわで、シャツの襟は汚れている。
明るくきらきらしていた桜也の変貌ぶりに、真雪は愕然とした。
「桜也、どうしたの…⁉」
告白なんて後回しにして、真雪は問う。
ぽつぽつと語られる桜也の近況は、悲惨なものだった。
長時間に及ぶ非効率な会議。深夜まで及ぶ書類作成。休日は接待ゴルフ等にあてられる。
NOと言えない気弱な上司のせいで、クライアント企業のわがままをすべて受け入れるはめになり、スケジュールはどんどん過密になっていく。
退職者が多いのに人員が補充されないせいで、人が足りない。
結果、桜也に負担がのしかかることになる。
平日は、会社を出るのは夜11時過ぎ。
休日出勤に接待。
有給もなかなか取得できない。
付き合っていた彼女にも愛想を尽かされ、別れてしまったらしい。
「おまえはすげえよな。今や世界的に有名なピアニストだもんな。
それに引き換え、おれなんか社畜だぜ。情けねえよな、ははっ」
桜也は疲れた顔に無理に笑顔を浮かべ、泡だらけのビールをぐいっと飲み干した。
ともだちにシェアしよう!