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♯7 ノクターン〝拒絶〟6

 真雪の14年間にもわたる桜也への執着心も怖いが、真雪の私物をバッグから抜き取り、桜也のことを調べ上げてここまでたどり着いた、マネージャーの執念深さも怖い。怯える桜也の前で、神田はお札ほどの紙…小切手…を取り出した。 「口止め料、兼、慰謝料として、これだけ渡す。そのかわり、このことを他言しない誓約書にサインしてほしい。 …悪いが、このことを警察沙汰にはしたくないんだ。おまえさえ黙っててくれたら、真実は闇の中。おまえには悪いが、金で決着をつけさせてくれないか」  小切手には、都心に家が建つくらいの金額が明示されていた。 「そのスマートフォンの動画の記録では、およそ1か月間、監禁されていたようだな。もっと早く気づいてやればよかった。これはせめてもの、お詫びの気持ちだ。受け取ってくれ」  そう言うと、神田はちっと舌を鳴らした。 「…あいつ、あのロイヤルマレット・フィルハーモニーとのヨーロッパ巡行公演を断った理由が、ただの男狂いだったなんて。ふざけやがって。 …まあいい。坂下桜也を監禁していた証拠を見せつけ、これを世間にバラすと脅せば、さすがにおとなしくなるだろう」  ぶつぶつ言ってから改めて桜也に向き直り、神田は懇願した。 「なあ、頼む。あれほどのピアニストはなかなかいないんだ。この金で手を打ってくれないか」  その態度の奥底からは別の感情が読み取れた。  班目真雪は世界に羽ばたくピアニストだ。  なのにおまえの存在が、班目真雪の足を引っ張っているのだ。  おまえは邪魔だ、と。

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