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♯7 ノクターン〝拒絶〟9
なにもかもを失ってしまった。
仕事もない。一か月以上無断欠勤しているんだから、もう退職したのと同じだ。住んでいた社宅にも戻れそうにない。
自分の浅慮を後悔する。自分の私物…財布、スマートフォン、銀行通帳すらも戻ってきていない。なのに小切手だけをもらったところで、いったいどうしろというんだろう。
それだけじゃない。男としての矜持さえ、真雪に奪われてしまった。
残ったのは、ポケットの中に入った高額の小切手と、とろけるような快楽を知ってしまったこのカラダだけ。
安物のごわごわした下着が肌とこすれ、淡く快感を生み、もどかしく疼く。
渇きにも似た欲望が湧き上がる。だが、それを満たせる者はここにはいない。もう満たすことはできないのだと言い聞かせても、体の疼きが治まらない。
「…はは」
この一か月でひどく劣化してしまったと、力なく桜也は笑う。もう、元の自分には戻れそうにない。
「これからどうしたらいいんだ…」
せっかくあの部屋から出られたのに、自由を謳歌する気にはなれない。
理由の分からない虚しさに支配され、深いため息をつき、うつむいた。
…足元にありがいる。
ありの動きを視線を辿ると、柵の向こうの草むらへと消えていった。草むらは途中で途切れている。
顔を上げると「危険につき立入禁止」という看板が立っていた。
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