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♯7 ノクターン〝拒絶〟10

この柵の向こうは、(がけ)があるのか…。 あの崖から飛び降りたら、楽になれるんじゃないか…)  靄がかかっていた頭の中が、ぱあっと晴れていく。  そうだ。ここから飛び降りたら、もうこんなぐちゃぐちゃの思いに煩わされることはない。こんな自分を消してしまえるんだ。    あのマネージャーだって言ってたじゃないか。  桜也がいなくなれば、真雪はもっと仕事に専念でき、大きなチャンスを掴めるだろう、と。 (そうだ。おれなんかいなくなったほうが、きっと…)  桜也はゆっくりと立ち上がった。柵を跨またぎ越え、一歩、また一歩と足を進める。  心の中に美しいピアノの音が響く。小学六年生の時、真雪が音楽室で弾き聴かせてくれた曲。あれはたしか、ショパンのノクターン。きらめく星のように優雅な旋律が、死の恐怖をかき消してくれる。  小石が、急な斜面を転がり落ちていく。何秒間にもわたって響く音が、この崖の高さを物語っている。ここから落下し、下のコンクリートに叩きつけたら、きっと助からない。 (もうこんな自分を終わせたい…)  まぶたの裏に暗闇が満ちるまで目を閉じる。  それからゆっくりと、虚空に体を投げ出した。

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