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♯12〝子犬のワルツ〟1

「Thank you, sir.」  神田は国際通話を終わらせ、顔をあげた。 「会場が確保できたそうだ。ロンドンのアルベール劇場、マンチェスターのマイルストーン・ホール、パリのカナリア・オペラ劇場…。どこも歴史ある有名なコンサートホールばかりだ。これは話題になるぞ」  神田は自慢げにふんと鼻を鳴らした。  ヨーロッパ巡行公演の話がつつがなく進んでいるので、やたらと機嫌がいい。  真雪のスキャンダルは、さすがに海外までは届いていなかった。  まだ国内で仕事復帰はしていないが、ヨーロッパ巡行に行ってる間にきっとスキャンダルは風化する。この時期に海外で仕事ができるのは僥倖だ。 「坂下桜也、おまえは収支予算書を作っておけ。 黒字になるように、綿密にシミュレーションしながら書けよ」 「はい」  神田の指示を受けて、桜也はパソコンにカタカタと入力し始める。  ここはシュネー音楽事務所。  班目真雪が所属する音楽事務所であり、同時に桜也の職場でもある。マネージャ―になりたての桜也は、神田の指導を受けながら、少しずつ仕事を覚えていた。 (僕の桜也に命令するなんて)  神田を睨んでいると、桜也がこちらを向いて苦笑いした。 「真雪、これは仕事だから」  しぶしぶ引き下がり、そっと桜也を観察する。  仕事をしている桜也は、いつにも増してかっこいい。難しい顔をしてパソコンを操作する姿は、まるで英国紳士のように優美だ。  ああ、あのネクタイを今すぐむしり取りたい。

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