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♯12〝子犬のワルツ〟2
むらむらした気持ちが顔に出てしまいそうで、真雪は「ピアノの練習してくる」と言い、席を立った。
この事務所には、若手のピアニストのために用意された練習室がある。下心を昇華するにはピアノを弾くのが一番だ。真雪は練習室にこもり、怒涛の勢いで弾き始めた。
奏でる曲は『子犬のワルツ』。
桜也が弾いてくれた曲だ。
あの時の満ち足りた時間がよみがえり、心の底から熱情が湧き上がる。
(ああ、桜也…)
軽快に飛び跳ねる子犬のイメージが、だんだん桜也と重なってくる。
子犬のようにかわいく鳴きながら、盛った雄犬のように夢中で腰を振る…、そんなエロかわいい桜也が見たい。今すぐ見たい。
いまだに果たされていない“騎乗位”の約束。
今夜こそは、今夜こそは…!
(…はっ、しまった!)
軽快で明るい曲であるはずの『子犬のワルツ』が、ずいぶんとエロティックな響きになっていた。ショパンに「なんて破廉恥な弾きかたをするんだ」と怒られてしまいそうだ。
深呼吸をして気持ちを切り替えてから、巡行公演で弾く予定の演奏曲目をひとつずつ演奏していく。紡ぎ出される美しい音色は、“銀髪のピアニスト” “ショパンの再来” と呼ばれるにふさわしいものだった。
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