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気になるあの子-3

ベルを鳴らして扉を開けると、ざあざあと雨が降っていた。 店の軒下に入り込んで、どうしようかと思案する。 駅まではそれほど距離はないし走って行こうか。 けれど、酔っ払いで、しかも三十路間近の男二人、雨の中走るというのも酷なものだ。 ここはタクシーを呼んで駅まで行った方が良いだろう。 そう落着をつけて、タクシー会社にコールしながら目を遊ばせているとあるものが目に入った。 『はい、丸三タクシー』 飲屋街の店の明かりに、遠くからこちらに歩いて来る人影が見えた。 真新しいスーツを雨で濡らして、革靴で水たまりを弾く。 雨の中、俯いていた顔が上がって。 目の前に現れたのは、僕が今、一番会いたくない男。 ――大瀬戸(おおせと) (まこと)だった。 「バー・みよしまでお願いします」 携帯を耳に当てたまま、通話を続ける僕の傍ら。 目線だけを横に向けると、誠は立ち尽くしたまま目を見開いていた。 その様子を見て、なんと話しかけようか頭の中で整理する。 こうして、プライベートで話すのは10年振りくらいか。 話したいことは沢山ある筈なのに、こうして目の前にすると何も思いつかない。 それは、彼も同じなのだろうか? 一瞬、過ぎった考えに馬鹿らしいことだと胸の内で嘲笑する。 そんなことは、あるはずがない。 「奏にぃ……なんでここに」 雨音の中、呟かれた言葉は昔となにも変わってないように思えた。 僕のことを『奏にぃ』と呼んでくれるとは思っていなかったから、それが予想外で少し驚く。 あんなことがあったのに、まだ慕ってくれているのだから。 この子はどこまでも真っ直ぐで素直な良い子だ。 タクシーを呼び終えて、携帯を内ポケットにしまう。 雨で冷え切っている指先が、先ほどから震えていて鬱陶しかった。 「江川と飲みに来たんだ。総務の同期。ま……大瀬戸は経理部だからまだ馴染みないと思うけど、後々世話になるだろうから覚えておいて損はないよ」 にっこりと微笑んで、開口一番が事務的な会話なことに笑えてくる。 そんな僕の態度に、気にしていないのか。興味もないのか。 バーの看板を見上げた誠は、10年前のあの時と同じく、射殺すと言わんばかりに僕を睨みつけた。 「アンタ、あの時俺になんて言ったか覚えてるか?」 「うん。覚えてるよ」 誠の声音の余韻には怒りが滲んでいて、今にも当たり散らしそうな勢いだった。 それに、さらりと答えてやると直後、衝撃が脳天を突き抜けていく。 「ふざけんなよ、クソ野郎!」 襟首を掴まれて壁に背中が擦れる。 至近距離で見えた顔は、雨の雫に濡れて泣いているようにも見えた。 けれど、今の誠は怒っていて、泣いてるのは雨の方だ。 「あの時、俺にあんなこと言っておいて。それでこうしてここに来て。なんなんだよアンタ、なんで今更こんなことするんだよ!」 「……誠のことが好きだからだよ」 「っ、俺が、……俺が男だって知っててそんなこと言ってんの?」 「うん」 「欲情してるって、そういうこと?」 「うん」 問いかけに、ただ黙って頷く。 誠は僕の意図に気づいたようで、一瞬息を飲んだ。 なにか話そうとして、空気だけを噛んで言いたい言葉は萎んでいく。 「――そういうの、気持ち悪いよ」 最後に喉奥から絞り出した言葉は、僕がかつて彼に言い放ったものと同じだった。

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