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気になるあいつ-1
〈江川 雪人〉
俺が所属する総務部は、俺を含めて四人で回っている。
俺と、同期で紅一点の三島聡美 、大卒で今年入ってきた新島大輔 、主任を務めている時任奏史 の四名。
時任は、経理部の方も兼任だから頻繁に抜ける。
だから実質、三人で総務の仕事を回しているようなものだ。
人手不足は俺が入った時からなにも変わってないのだから笑えてくる。
これでも時任が主任になってからは少しは楽になったんだ。
あいつ、かなり要領が良くて仕事もできるから頼りになる。
物腰も柔らかいし、怒ったところも見た事がない。
女子たちがランチに誘うのもわかる。
よっていつもカツカツの極限状態で日々を過ごしているのだが、そういうことだからここから穴が出ると困るわけだ。
どれだけ俺が、精神的苦痛を受けてもそれは無かったことにしなければいけない。
この間、時任に相談した内容を脳内で反芻する。
物理的な対処はこの際、後回しでもいいだろう。
取り敢えず、俺の目の前のデスクに座っている新島に一言物申そう。
そう決心して見つめていたパソコン画面から顔を上げると、前を見据える。
けれど、そこに新島はいなかった。
それに気づいた瞬間、耳元で囁くような声が聞こえてきた。
「――江川さん」
不意打ちにびくりと体が跳ねる。
横を向くといつの間にか、新島が俺の隣に来ていた。
デカい背を縮こまらせて、極端に顔が近い。
反射的に仰け反ったところで、事務的な会話が成される。
「言われていたデータ、まとめ終わったので確認してもらってもよろしいですか?」
「お、おう」
なんで新島は俺の側に来たんだろう。
別にデータの確認だけなら、パソコン越しでも出来る。
無駄に距離も近いし、いつも睨まれているから変なことを勘ぐってしまう。
そういえば、時任はあの時となんと言っていたっけか?
「新島、ちょっといいか?」
「…? はい」
「お前さあ、俺のこと気になったり、とかしてる?」
自分で言っててとても恥ずかしかった。
左隣のデスクに座っている三嶋から視線を感じて、尚更バツが悪い。
訂正しようかと悩んでいると、本当にいきなりだ。
バンッと音がして、驚いて顔を上げると俺のデスクの上に新島のデカい手がある。
叩きつけたらしいそれに、驚いて目を見開いているとドスの効いた声で新島が告げる。
「違います」
「おう……わかった」
凄むような声音で言うもんだから心臓が縮んだ気がした。
なんでこんなに恐ろしい剣幕で新島が否定するのかはわからないが、たぶん俺の言葉が気に入らなかったのだろう。
じゃなかったら、こんなに怒りはしない。
否定すると新島は自分のデスクに戻っていった。
若干の気まずさを抱えて、取り敢えず先ほど新島に頼まれたデータの確認をする。
パソコンの向こう側はどうしても見れなかった。
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