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結論:どうしようか-2

どうしようか。 いよいよ土下座しなくてはいけなくなったかもしれない。 昨日今日と厄日なんだろうか。 まだ新年始まって半年経ってないのに、不運が集約しすぎな気がする。 これで後は良いことが起きればプラマイゼロでチャラにできるかもしれないが、あまり期待しないほうがいいだろう。 掃除をする手が止まって、ついでに思考も停止する。 江川さんのデスクからこれが出てきたのは百歩譲って良しとしよう。 問題はこれを何故、江川さんが持っていたかだ。 もしかして、彼はこういうのに興味があるのだろうか。 ゲイバーというのだから、男色の諸々を想像しても何らおかしくない。 性癖は人それぞれだし、別に江川さんが男好きだとしても俺は気にしない。 女が好きだ、男が好きだ、は個人の自由だ。 けれど、今俺の手中にある名刺。 これをどうやって江川さんに返せばいいのだろうか。 今は昨日のことで、ただでさえ話しかけづらい。 それに加えてこれはかなりデリケートな問題だ。 おいそれと第三者がいる場面で気軽に話せる内容でもない。 ということは、江川さんと二人きりで話をしなくてはいけない、ということになる。 プライベートの、込み入った話だ。 ぜっったいに、俺には無理だ。考えなくてもわかる。 気負いすぎて昨日の二の舞いになるのが関の山だ。 だからといって返さなければ、それはそれで無くしたことに気づいた江川さんが困るだろう。 休む間もない業務の日々に、いらぬ悩みが一つ増えることになる。 脳内会議を繰り広げた結果、どうしたらいいかわからない、という結論に達した。 「新島君、おはよう」 背後から聞こえた声に肩が跳ねる。 大袈裟なくらいに驚いた俺を見遣って、出勤してきた時任主任は、どうしたんだ? と笑って尋ねてきた。 「おはようございます。ええっと」 どうするべきかと言い淀む。 時任主任に告げるべきだろうか。 江川さんとは同期だし、俺よりかは伝えやすいと思う。 けれどきっと他人には知られたくないことだろうし、仲が良くてもそこは線引きしたいところだ。 少し悩んで、俺は口を噤んだ。 「掃除に集中しすぎて、時任主任が入ってきたことに気づかなかったんです。びっくりしました」 いつもの調子で答えるとそれ以上、時任主任は追及してこなかった。 それに安堵して、ほっとしていると今度は別方向から俺の心臓を潰そうとしてきた。 「新島君に少し聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな?」 「はい。なんですか?」 「江川のこと、どう思ってる?」 いつも見せる穏やかな笑みで時任主任は聞いてきた。 どう思うか、という質問の意図がわからない。 もしかして、昨日の出来事が時任主任の耳に入ったのだろうか。 誰しもいきなりあんなことをされたら、気にするなと言われても気にする。 江川さんが俺のことで時任主任に相談して、それでこうして聞いていると考えた方が妥当だろう。 「嫌ってたりとかする?」 時任主任は核心を突いてきた。 俺はそれにブンブンと顔を横に振る。 それはない、あり得ない。 「嫌いとかそういうんじゃないです。昨日のは、正直申し訳なかったと反省しています。でも、俺が江川さんのことを嫌いだとか、嫌いになるとかそういうのはあり得ません」 確固たる自信を持って否定すると、時任主任は驚いたように目を見開いた。 なにをそんなに驚くことがあるのか。 不思議に思っていると、途端に笑顔になった。 「うん。わかった。なんだか僕が口を出す必要はなかったみたいだ」 うんうんと頷いて、時任主任は一人で納得しているようだった。 困惑げな俺に、そういうことだから、と続ける。 「江川にも伝えておくよ。新島君に悪気はなかったって」 「すいません、お手数お掛けして」 「でも江川にはちゃんと謝っておいてね。結構気にしてたから」 「はい、わかりました」 気にしていた、という言葉にやっぱりそうだったか、と肩を落とす。 きちんと、誤解がないように訂正しなければ。 決意を新たにしていると、そんな俺を放って時任主任はオフィスを出て行って、俺だけが残される。 誰もいないことを確認してから、手中に握りしめていた名刺をそっと覗き見た。 謝るついでにこれも返さないと。

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