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「付き合ってください」-3

向かったのは休憩室。 扉をあけて中に入ると、新島の後ろ姿が見えた。 「江川さん」 振り返った新島の顔は、やっぱり元気がなかった。 朝からあんなことするんだから、心労はハンパないだろう。 少しだけ申し訳なさを感じながら、新島の隣、自販機の前に立つ。 「俺、ブラックじゃなくて微糖で頼む」 「あ、はい。わかりました」 ポケットから小銭を取り出して自販機に食わせる。 ココアのボタンを押して取り出すと、先にソファに座って新島を待つ。 買い終えた頃を見計らって新島に声をかけると、俺の方を向いた。 相変わらず酷い顔をしていて、とりあえず座れと促す。 「新島、ここ座れ」 「え、でも」 「遅れたって時任はそんな事で怒らないから。なんか言われたら俺のせいにしとけ」 「……わかりました」 テーブルを挟んで、向かい側に新島は座り込んだ。 缶コーヒーをテーブルに置いてまだ浮かない顔をしている新島に、先ほど買ったココアを投げて寄越す。 「温かいのにしたけどこれでよかったか?」 「ありがとうございます。俺、コーヒーよりもココア好きなので嬉しいです」 素直な言葉に感心する。 新島の長所はこういうところだ。 きちんと言葉にして思っていることを伝えられる。 それでも俺に対してはあんな態度を取るんだから、それが不可解だ。 今、ここには俺と新島の二人きり。 どうしてそんなことをするのか、聞いたら答えてくれるんだろうか。 「新島、お前、俺のこと嫌いなのか?」 ココアのプルトップを開けているところに声をかけると、新島の目が真っ直ぐに俺を見つめた。 口を付ける前にテーブルにココアを置くと、先ほどと打って変わって真面目な顔をして、 「違います」 そう答えた。 「なにが違うんだよ? 明らかに俺のこと邪険にしてるだろ?」 「邪険にしてるだなんて、そんな」 「俺に対して文句があるなら聞いてやる。不満があるならそれも今言え。……もうお前のことで悩むの、疲れたんだよ」 最後にぽろっと出た弱音に、しまったと思った。 新島を前にして言うことではない。 俺の心中を聞いて、新島は目を伏せた。 テーブルに置いたココアの缶を握り締めて黙っている。 「新人研修の時のこと、覚えてますか?」 やがて、ぽつりと呟くように新島は話し出した。 「江川さん、俺に丁寧にわかりやすく指導してくれて。それがとても嬉しかったんです。可能なら、この人と一緒に仕事したいと思ってました。だから、同じ部署に配属されて、江川さんの近くで仕事ができて。俺、凄く幸せだったんです。だから、江川さんのこと嫌ってるとか、そういうのはありません。あり得ないです」 「……それじゃあ、昨日のは何なんだよ。お前、俺の話も聞かないで帰っただろ」 「それは……」 新島は俯いて口籠った。 けれどそれは数秒のことで、顔を上げると真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。 「その、とてもお恥ずかしい話なんですが、ええと。江川さん、聞いても笑わないでくださいよ?」 「笑わない」 「その、業務の話なら普通に出来るんです。でもプライベートとなると、どうしても緊張してしまって」 新島の告白に、昨日のことを思い出す。 プライベートか? と聞かれて変なことを聞くやつだなと思っていたが、こういうことだったのか。 「でも、時任と三嶋の二人とは普通に話してないか? 何で俺だけ」 「それは、なんていうか。江川さんと話すとなると、どうしても余計に意識してしまって。その、尊敬してる先輩なので、何か不躾なことを話さないかとか失礼がなかったかとか、頭で考えちゃって話すどころではなくなるんです」 「今だって、もういっぱいいっぱいで。江川さん、俺何か失礼なこと言ってませんよね?!」 縋るような眼差しに、なんだかホッとしている自分がいた。 今まで俺が感じていたことは、ただの勘違いだったらしい。 「大丈夫だよ、変なことは言ってない。でも」 「でも?!」 「恥ずかしいことはたくさん言ってたな。俺のこと、尊敬してるとか、なんとか」 「す、すいません! 言わない方が良かったですよね! 聞かなかったことにして」 「いいや、そういうことじゃなくて」 慌てた新島を制止して、どう言おうか一度考える。 こういう事を改めて言うのは俺も恥ずかしいのだけど、目の前の後輩もやってくれたんだから、俺だけ素直じゃないのはおかしいだろう。 「嬉しかったよ。慕ってくれてて」 はにかみながら告げると、新島は嬉しそうに破顔した。

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