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「付き合ってください」-4

俺も振り回されたけど、こいつも色々と大変だったみたいだ。 もっと早くにこうして話を聞いてやるべきだった。 コミュニケーション不足が、人間関係の不和の一番の要因だって言うのも頷ける。 「あ、そうだ。江川さん、これ」 一息ついて、新島に買ってもらったコーヒーを飲もうと口を開けた時だった。 思い出したように目の前の新島が、ごそごそとスーツのポケットから何かを取り出した。 なんだ? と思いながら、コーヒーに口を付けながら様子を見ていると、俺の前に差し出されたものに思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまった。 「大丈夫ですか?!」 「おまえ、これなんで」 「今朝、オフィスの掃除をしてたら江川さんのデスクから出てきたんですよ。これ、江川さんのですよね?」 まっすぐ、曇りない目で俺を見つめてくる新島。 その手の中にはこの間、時任に連れられて行ってきた『ゲイバー・みよし』の名刺が握られていた。 帰り際に渡されて、スーツのポケットにしまっていたのが何かの拍子で落ちたのだろう。 それで、目の前のこいつに拾われた。 「それは……」 十中八九、俺が落としたものなんだろう。 けれど、認めたくない。 認めたら、こんな店に通ってるのかと思われる。 実際に行ったのは行ったが、なにも俺には男色の趣味はない。 そう勘違いされるのは心外だ。 「大丈夫ですよ。俺、江川さんがそういう趣味でも軽蔑しませんから」 「待て、待ってくれ。俺は別にそんなんじゃ」 「安心してください。誰にも言わないので」 「そういう事じゃなくて……はあ」 話が通じなくて溜息が零れる。 新島のやつ、こんなだったか? もっとしっかりしているやつだと思っていたけれど。 そういえば、俺と話している時はアガっちゃうとか言っていたか。 普段は真面目な良い子ちゃんだから、それとのギャップについて行けなくて混乱する。 「とりあえず、それ返して」 「あ、はい。どうぞ」 新島は呆気なく、素直に返してくれた。 手の中にある名刺を忌々しげに見つめて、とにかく口封じをしなくては。 「わかってると思うけど、このことは誰にもいうなよ」 「はい。俺、口は堅いので大丈夫ですよ」 「ほんとかなあ」 俺からの疑いの眼差しに、新島は苦笑を零す。 おそらく、疑わなくてもこいつのことだ。 言いふらしたりはしないだろう。 「あの、江川さん?」 「なに?」 「俺からも一つお願いがあるんですけど、良いですか?」 新島からの提案に、珍しく思う。 普段こういうことを話さないから、俺も少し興味が湧いて安請け合いしてしまった。 「黙っててくれるって約束してくれたし、俺に出来ることなら何でも聞いてやるよ」 そうしたらこいつ、こんな事を言いだすんだ。 「じゃあ、一週間だけ付き合ってくれますか?」 「付き合う?!」 付き合うってなんだ?! この話の流れで言ったら、やっぱりあれしかないだろう。 手中のゲイバーの名刺をみて確信する。 もしかしなくても、この新島という後輩は男好きなのか? 気づきたくなかった事実に項垂れていると、どうしたんですか? と新島が俺の顔色を伺ってきた。 どうしたもなにも、お前のことで悩んでるんだよ。 やっとお悩みから解放されたと思ったのに、息つく暇もなく次はこれだ。 「ちなみに聞くけど、付き合うってどういうことするんだ?」 「ええっと、昼食は一緒に摂りたいです。あと江川さんが良かったら帰りもご一緒したいです」 「そ、それだけ?」 「ダメですか?」 正直、それ以上のことをされるかと思って身構えていた。 新島が言った事だけなら、別に苦でもない。 たった一週間だ。 それならすぐに済むし、期限付きなら後腐れもない。 「わかったよ、付き合ってやる」 承諾すると、新島は嬉しそうに破顔する。 それはもう、ここ最近見た中で一番の笑顔だったもんだからスゴイ嬉しいんだろうなあ、というのが嫌でもわかった。 「そのかわり、絶対に秘密にしろよ? 誰にも言いふらすな。絶対だぞ」 「はい!」 「元気が良くて結構」 ヤケクソで缶コーヒーを一気に煽るとソファから立ち上がる。 時任にはどう報告しよう。 相談した手前、気になっているだろうし。 流石にこいつと一週間だけだが付き合うことになった、なんて口が裂けても言えないよなあ。 「江川さん」 「なんだよ」 「よろしくお願いします」 ぺこりと頭を下げてきた新島を見て、厄介な事に巻き込まれたなと胸中で呟く。 だけど、一週間だ。 一週間だけ、なんとか頑張ってみよう。

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