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現状維持でいい-2
その頃から、誠は頻繁に僕に対してキスをしてくるようになった。
まるで勉強を見てくれてるお礼とでも言うように。
誠の家庭は特殊だから、男同士でそういうキスをするのは家族間のコミュニケーションだと思っていた。
ただの挨拶で、他意はないのだと、そう僕は思っていた。
だから、初めてされた時も抵抗はしなかった。
恋愛感情云々も念頭にはあったけれど、なによりも。
あそこで僕が誠を拒絶して、それで今まで築いてきたものが壊れてしまうのが恐ろしかった。
僕には血の繋がった両親はいるけれど、家族はいない。
家族のようなものはあるけれど、中身がない。
だから、失いたくなかった。
ずっとこのままでいいと思っていた。
現状維持が一番楽で、誰も傷つかないと知っていたからだ。
けれど、日を重ねていくうちに、誠のスキンシップは激しくなっていった。
最初は触れるだけだった口づけも、舌を差し込んで執拗なものに変わっていった。
キスの合間に、好きだと囁かれた事もある。
それの意味は、薄々分かっていた。
けれど、それを受け入れた僕と。
気付かないフリをして今までの関係を続けていく僕と。
どちらが不都合が少ないか。
それを頭で考えて、出した結論が今まで通りに過ごすことだった。
昔から、そんな考え方しか出来ない。
けれど、それをずっと胸の内に仕舞っておくのは、どうしても出来なかった。
誠の両親である彼らに相談しようかとも考えた。
光紀さんは、物腰も柔らかくて滅多に怒らない。
誰が見ても優しい人だと感想を抱く。
そんな人柄だから、きっと誠のことを知ったら傷つく。
僕に対しても申し訳ないと言ってくるだろう。
そんなのは僕も望んでないし、謝られる事でもない。
それで今の居心地の良さが損なわれる、なんてことにはしたくなかった。
だから、光紀さんには話さなかった。
僕が相談相手にしたのは、義仁さんだ。
義仁さんは、僕の話を黙って聞いてくれた。
『キスをされて、どうすればいいかわからない』
かいつまんでそれだけを告げると、義仁さんは考え込んだ。
誰が悪いとか、そういう話はしなかった。
それに内心ホッとしていると、僕の目を真っ直ぐに見つめて、義仁さんは、
『お前、誠のこと好きなの?』
そう、聞いてきた。
自分の中では答えを出したつもりだった。
けれど、改めて聞かれるとどう答えていいか分からなかった。
キスをされて、それでも好きかどうかわからない。
今までの誠は、僕にとても懐いてきて。
僕といるととても楽しそうにして。
そんな誠と一緒にいるのが、僕も楽しかった。
好きだけれど、それは恋愛感情からくるものではないことはわかっていた。
僕の中の誠は、弟のような存在だったからだ。
キスをされたからって、それが覆ることはなかった。
義仁さんの問いかけに、僕は『わからない』と答えた。
僕の返答を聞いて、義仁さんは溜息を吐いて頭を掻いた。
呆れた様子で、僕の目を見て、
『好きじゃなかったら拒め。わからないっていうのは甘えだよ』
静かに、そう言った。
それを聞いて、僕は素直に頷けなかった。
義仁さんは、楽天的なところがある。
たぶん、僕に言い聞かせたのは、今考えうる一番の解決方法なんだろう。
けれど、それをしてしまって。
その後を考えるならば、僕にはそんな事をする勇気は出なかった。
僕が誠を拒んで、それで今の状況が壊れるくらいなら受け入れられる提案ではない。
そう思ったからだ。
無理だと答えると、義仁さんは意味がわからないと言った。
『誠だから出来ないって? なんで? お前が拒んで、それであいつが傷ついたとしても、お前は悪くないだろ』
そう言われたけれど、そうじゃない。
僕が悪いとか、誠がどうだとか。
誰が悪いだとか、そういう話をしたいわけではなかった。
僕は、このままが良かったんだ。
現状維持でいい。
それは、今でも変わらない。
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