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どうしようもない、独占欲と執着心-1
高校最後の冬休み。
海外出張が多い父は、年の瀬も正月明けも家には帰ってこなかった。
父が仕事一辺倒で家族のことを顧みないから、母も愛想を尽かして好き勝手やるのはいつものことで、基本、僕の教育方針というものは放任主義で一貫していた。
僕以外誰もいない家では何をしても自由で、怒る人間も口煩く言う人間もいないから、誠はたまに僕の家に遊びにきた。
いつものように、たくさん出された冬休みの宿題を見てやって。
それから、飽きたと言い出した誠を連れて、薄雪の積もった庭先に出て。
雪だるまを作るんだと張り切っている誠に付き合ってやる。
そんなことをしていて、ふと。
今まで僕がどうしても失くしたくないと思っていたものすべてが、どうでもよくなった。
全部が全部、馬鹿らしくなった。
自分でも心境の変化に戸惑って。
けれど、そんなことを思ってしまう理由なんてわかりきっていた。
誠は、僕とは何もかもが正反対だ。
学校が終わって帰ってくると、大人が出迎えてくれておかえりと言ってくれる。
お腹が空いたと言えば温かい夕飯が当たり前のようにあって、家族揃っての団欒も、そこにあるのが普通のことだ。
愛してくれる家族もいる。
僕が冷え切った家に帰ってきて感じる虚しさも、やり切れなさも。
一度だって彼は経験したこともない。
幸せしか与えられていない彼が、僕の空虚で空っぽな家を、家族を、羨ましいと言うたびに、ぼろぼろと得体の知れない何かが瓦解していくのがわかった。
口では、そんなこと言っちゃダメだよと正すけれど、笑顔を貼り付けた皮膚の裏では、やるせない憎悪が募っていく。
誠は悪くない。
彼はまだ子供で、僕のことは近所の面倒見のいいお兄さんだと思っていて。
僕の家庭の事情なんて、ひとつも知らないのだから。
それでも、悪気のない、悪意のない一言一言に。
どれだけ取り繕っても、浸み出した憎悪はどうにもしようがなかった。
「誠、僕ね、高校を卒業したら県外の大学に行くんだ。だから、四月からは勉強も見てやれないし、こうして遊んでもやれない」
庭に出る引き窓を開け放って、寒々しい景色を眺めながらぽつりと零した僕の言葉に、誠は雪玉を作る手を止めて振り返った。
心細げな顔をして僕のそばに寄ってきて、そんなのは嫌だと駄々をこねる。
いつもだったらこんな些細なわがまま、笑って許せただろう。
けれどその時だけは、どうにも抑えられなかった。
寒空の下、吹き抜ける寒風が心も一緒に冷たくしていく。
誠のことを心の底から嫌いになったわけではない。
ただ、どうしようもなく許せなかっただけだ。
そんな僕の心情に気づきもしないで。
誠は僕にキスをする。
それが挨拶の類ではないことなんて、もうわかりきったことだった。
「誠は、どうしてこんなことするの?」
キスをされて、こういうことを僕から誠に聞くのは初めてだった。
それに誠も驚いていて、照れたように俯く。
少しして、ぽつりと。
僕の顔を見ないで答えた。
――奏にぃの事が好きだから。
「僕が男だって知ってて、そういう事いってるの?」
僕の問いかけに、誠は顔を上げずに頷いた。
「欲情してるって、そういうこと?」
耳元で囁いてやると、誠はじっと僕の顔を見つめて無言でこくりと頷く。
誰が見てもそれは肯定の意味なのだとわかって。
ズボン越しからでもわかるように、勃起しているモノを見てしまったら否定は出来ない。
誠が僕をそういう目で見ていたからって、彼を糾弾するようなことはしなかった。
今までは、それでよかった。
現状を維持して、壊さないようにと受け入れてきた。
けれど、もうどうでもよくなっていた。
高校を卒業して、大学に入ったらこの家を出ていくつもりだった。
もともと、思い入れもないし反対する両親でもない。
好きにしろと言ってくれた。
だから、大学を卒業するまでの数年間だけじゃなく、一生ここには戻らないつもりでいた。
全てを捨てて去っていく覚悟はもう出来ていた。
けれど、心残りがひとつだけあった。
どうしようもない独占欲と執着心だ。
僕がここから居なくなれば、いま誠が感じている気持ちも薄れていくだろう。
僕のことを好きだと言うのも、若気の至りでいっときの気の迷いだ。
人の心は簡単に移ろっていくもので、誠だってそれは例外ではない。
いつか僕を忘れて、どこかの誰かを好きだと言う日が来る。
そのもしもが、どうしても嫌だと思った。
誠が誰を好きになってもいい。
彼のそばから離れるのだから、束縛はできない。
けれど、忘れられるのだけはどうしても許容できなかった。
たまにしか連絡を寄越さない父は、電話越しで僕の名前を忘れていた。
きっと顔も覚えてないんだろう。
母だって、他に愛人を作ったのか滅多に家には帰らない。
僕がこの家にいようがいまいが、どうでもいいんだ。
だから、誠が僕のことを忘れてのうのうと生きていくのだけは。
それだけは、どうしても許せなかった。
そんなことになったら、誠も僕の両親と同列に扱う事になると、そう思ったからだ。
実の親でさえ、息子のことを覚えていないのだから。
たったの数年、一緒に居ただけの子供が。
僕のことを忘れないでいてくれる保証なんてどこにもない。
だから、僕のことを忘れてしまわないように。
「――そういうの、気持ち悪いよ」
僕に縋り付いて離れない誠を、突き放して。
彼のそばから離れることを選んだ。
あの時、誠を傷付けたことは申し訳ないと思っている。
けれど、そんなの僕にとっては些細なことだった。
本当は罪の意識なんてこれっぽっちも持ち合わせていない。
誠に許されたいとも思わないし、許してくれなんて言うつもりもない。
10年だ。10年経っても、誠は僕のことを覚えていた。
あんなことを言って傷付けた僕のことをまだ恨んでいてくれるのだから、こんなにも嬉しいことはない。
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