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正真正銘のクソ野郎-1
〈大瀬戸 誠〉
昨夜、久々に義仁の親父《オヤジ》が父さんにこってり絞られていた。
光紀の父さんが怒ることなんて滅多になくて、それでもおかんむりの時は決まって親父が何かやらかした時だ。
そのやらかした何かも、おおよそ特定は出来て、きっとまた何処かで男でも捕まえてヤってたんだろう。
俺は残業で遅くに帰ってきて、疲れてすぐに寝てしまったから詳しくは知らないけれど、朝起きたら父さんが愚痴ってきたからたぶん、そんなとこなんだろう。
二人のことだから俺は口出ししない。
俺が何か言ったところで親父は聞かないだろうし、父さんにも余計に気を遣わせてしまうから。
少し離れたところで様子を見るだけだ。
けれど、父さんの愚痴の中に気になるところが一つあった。
話の中に奏にぃの名前が出てきた。
なんでも昨日、親父に連れられて飲みに来たらしい。
ジントニックを一杯あおって、それだけで帰っていったみたいだけど、それがどうにも気になる。
たまに飲みに来るというのは、父さんから聞いていて俺も知っていた。
だから意図的に合わないようにはしていたのだけど、親父とバーに飲みに来た、というのがどうにも引っかかる。
昨日は、朝から憂鬱だった。
残業で夜遅くまで仕事をしなければいけなかったからだ。
それも、奏にぃと同じオフィスで。
俺一人なら苦でもなかったが、同じ空間でとなるとムリだ。
正直、直前になってから適当に理由をつけてバックレようかとも考えていた。
けれど、奏にぃの方が急に予定が入ったとかで、残業もしないで先に帰っていったから、内心びっくりしていた。
その奏にぃが、親父と飲みにくるなんて。
途中でばったり会って、と考えるのが自然なんだろうけどなんとなくモヤモヤする。
釈然としないまま、仕事もあるしこの話題はこれ以上蒸し返さないようにしようと決めて、経理のオフィスに入ると朝っぱらから何やら盛り上がっていた。
五十嵐と前園さんだ。
前園さんは俺に気づいて、おはようと挨拶してくれた。
それに応えてデスクに荷物を置く。
五十嵐は俺に気づいていないんだろう。
何にそんなに興奮しているのかわからないが、さっきから「ヤバイですよね?!」って、アンタの方がヤバイだろ。
「大瀬戸、アンタあれ見た?!」
「なんすか、朝っぱらから。アレって?」
「時任さんのココ!」
自分の首筋を指差してトントンと叩く。
状況が掴めずに困惑している俺に、五十嵐はずい、と顔を寄せて、
「キスマークよ!」
思っても見ないことを言ってきた。
「はあ?!」
五十嵐、いまキスマークって言ったのか?
俺の聞き間違いじゃないかと、前園さんに目配せをする。
俺の意図を汲んでくれたのか。
前園さんは静かに頷いた。
まったく信じられなかった。
奏にぃがそんなことをするなんて。
もう28だし、別に恋人がいたとしても不思議はないけど。
だからといって、公私混同する人ではないのはたぶん、五十嵐も前園さんもわかっている。
だからこんなにもざわついているんだ。
「それ、本当っすか?」
「ほんとほんと! 時任さんに、それどうしたんですか?って聞いたら気にしないでって。ちょっと照れてたからあれは絶対キスマークよ!」
五十嵐の話を聞く限りでは、奏にぃが明確に証言したわけではなさそうだった。
けれど限りなく黒に近い。
それは前園さんもわかっているのだろう。
「さっきまで主任いたんだけどね。沙織ちゃんがあまりにもツッコむから、居づらくなって総務の方に行ってくるって出てっちゃったの。今日は午前は経理の方に顔出す予定だったんだけどね」
「それ私が悪いんですか?! 前園さんも気になってましたよね?!」
「うん、そうねえ」
五十嵐に怒涛の如く、事細かく聞かれたら誰だって逃げ出す。
俺だって逃げ出したくなる。
「でも意外ですよね。時任さんがあんなの付けてくるなんて」
「主任、プライベートな部分はしっかりしてると思うんだけど。きっと昨日、何かあったのね」
前園さんの言葉に、昨日のことを思い出す。
予定が入ったと言って、残業もせずに帰っていった。
と思ったら、親父に連れられてバーに飲みに来た。
やっぱり、何かが引っかかる。
いつもは極力避けるようにしているけれど、こうもモヤモヤしていると仕事も手につかない。
「俺、ちょっと総務の方に行ってきます」
一言言い残して、経理のオフィスを飛び出す。
ワンフロアの、休憩室を挟んで反対側にある総務部まで足早に向かう。
基本、部署間で移動することは殆どない。
人手不足だからと兼任している主任を除いては、オフィスに入ることもない。
会っても休憩室でばったりとか、そのくらいだ。
殆ど接点がない部署の人からすると、いきなり俺が入っていくというのはやはり驚かれるんだろう。
でも、今すぐに確認しなければいけないと思った。
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