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正真正銘のクソ野郎-3

「そんなのどうでもいい。今聞いてるのはおれ」 「――義仁さんと会ってたんだ」 俺の言葉を遮った奏にぃの発言に、目を見開いて固まった。 とても嫌な予感がする。 「……親父と何してた?」 競り上がってくる緊張に口の中が渇いて仕方ない。 震える声で訊ねると、動揺を隠せない俺とは裏腹に奏にぃは嗜めるように、いつもの口調で告げる。 「誠、分かっていることをわざわざ聞くのって無駄なことだよね」 首に当てていた手を離すと、キスマークが見えた。 その言動は最早、俺の質問の答えを言っているようなものだった。 「――は?」 理解が及ばないっていうのは、こういうことを言うんだと頭の片隅で思った。 今までのことを繋ぎ合わせると自ずと答えが出てくるのに、どうしてもそれを認めたくない。 「昨日、義仁さんから食事の誘いが来てね。二人きりでなんて言うから浮かれちゃって。義仁さんがそういうことする人だっていうのは知っていたから、抱いてくれないかって誘ってみたんだ。流石にこんな事されるとは思わなかったけど。あとで文句言っておくよ」 いつもの笑みを貼り付けたまんま、なんでもないような口振りで奏にぃは話す。 「…っ、それ」 「本当のことだよ。信じられないなら、家に帰ったら義仁さんに聞いてみるといい。僕から聞いたって言えば答えてくれるんじゃないかな」 そんなこと、俺からは聞けない。 親父に聞けば父さんにバレる。 赤の他人が相手だったらまだ話は拗れない。 いつものことだからだ。 けれど、相手が奏にぃだと知ったらどうなるかわからない。 父さんは奏にぃのことを、息子の俺と同じくらい大事だと言っていた。 それがわかってて、奏にぃはこんな事を言うんだ。 今のでやっとわかった。 この人は、俺のことなんかなんとも思っていない。 好きでも、嫌いでもない。 どうでもいいんだ、俺のことなんか。 じゃなかったら、こんなことはしない。 こんな、クソみたいな最低なことなんてしない。 「……奏にぃ、知ってるよな? 俺の大事なモンがなにか」 真っ直ぐに見つめると、涙が溢れてきた。 ぽろぽろと溢れ出てくるのを止めることができない。 視界が涙で滲んで、奏にぃの顔が見えない。 どんな表情で俺を見ているのかも。 あの時から、もうずっと見えないままだ。 「俺の家族も、アンタのことも。大事なものなのに、なんで全部壊していくんだよ!!」 自分でもどうしようもなくなって掴みかかると、その衝撃で体が傾いた。 踏ん張りが効かなくてそのまま、奏にぃの背後にあったソファに二人して倒れこむ。 衝撃に閉じていた目を開けると、至近距離に奏にぃの顔があった。 歪んでいた視界も鮮明になっていて、はっきりと見えた奏にぃの顔は優しいままだった。 俺のくだらないわがままを、笑って聞いてくれたあの時のままで、それがとても哀しい。 いまさらこんな態度を取られても、もう遅いのに。 「俺のこと、嫌いなら嫌いだってはっきり言えばいいだろ! 中途半端に優しくして、俺がどんな思いでいるかなんて、アンタにとってはどうでもいいんだ!」 さっきから溢れた涙が頬を伝って、見下ろした奏にぃの顔を濡らしていく。 瞳をすがめたまま、俺をじっと見つめる奏にぃは何も言ってくれない。 きっと、俺がこのまま殴りかかっても何も言ってくれないだろう。 俺が奏にぃの頭をカチ割った時みたいに。 いつも俺の欲しいものはなにもかも、この人は与えてくれない。 それがどうしようもなく哀しくて、奏にぃの胸元に顔を埋める。 「おれ、アンタの考えてることなんもわかんねえよ。俺の気持ちばっかり押し付けて、それが間違いでも正解でも、アンタはなんも言ってくれないし。たまになんか言ってもはぐらかすか意味わかんねえこと言うし。そんなだから、アンタが俺のこと嫌いでも期待なんかしちまって、今みたいに裏切られてもういいやって思っても、俺バカだから。それでもまだ奏にぃの事が好きなんだよ」 「奏にぃが俺のこと嫌いでも、それでもいい。でも、アンタはそのままで居て。俺の好きなままの奏にぃで居てくれればそれでいいから。それ以上は何も期待しないから。頼むから、俺の嫌いなクソ野郎にはならないで」 10年分、溜め込んだものを一気に吐き出したような気分だった。 この人に俺の声が届くかはわからない。 それでも伝わって欲しいから、心臓に語りかける。 心がここにあるのなら、俺の声も届くはずだから。 声が途切れて、沈黙が流れる。 二人しかいない休憩室は、自販機のモーター音だけがやけに大きく響いて耳障りだ。 その喧騒の中に、ぽつりと聞こえた声を俺は聞き逃さなかった。 「――誠」 すぐ側で、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。 顔を上げると、真っ直ぐに見つめた奏にぃの瞳と目が合って息が詰まりそうになる。

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