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正真正銘のクソ野郎-4
笑った顔は、昔と同じで。
俺が好きだった頃の奏にぃとおんなじ笑みで微笑みかけてくるから、じんわりと目頭が熱くなる。
「誠は昔から泣き虫だよね。そういうところ、どれだけ経っても変わらない」
穏やかに笑って頭を撫でてくれる手が、昔のまんまで嬉しくなる。
自分でもチョロいな、なんて思って。
けれど、たぶんこれをずっと望んでいた。
いきなり一方的に突き放されて。
それで諦めろなんて、どだい無理な話だったんだ。
「泣かせるつもりはなかったんだけど、やっぱり難しいね。昔みたいにお前と話せない。……ほら、10年ブランクあるだろ?」
困ったように笑った顔を見て、いい加減、我慢できなくなる。
「ねえ、奏にぃ。キスしてもいい?」
「……いま? ここ会社なんだけど」
真っ直ぐに見つめていた目を逸らして、奏にぃは言葉を濁す。
俺のすることを、すんなりと受け入れていた昔と違う反応を目の当たりにして、気持ちが昂ぶる。
普段目にしない奏にぃの珍しい言動に興奮するとか、自分でも変態だっていう自覚はある。
けれど、好きな人のいつもと違う部分を垣間見るのは、誰だって興奮するだろ。
「親父とは寝るのに、俺とはキスも出来ないの?」
「誠……キミ、僕が見てないうちに立派にグレちゃって」
「それ、アンタのせいだから。自業自得ってやつだろ」
奏にぃと喧嘩別れしてから、俺はグレにグレた。
親父とはしょっちゅう喧嘩したし、反抗期も随分と長かった。
奏にぃが勝手に離れていって、当たり散らす人間が居なくなったからだ。
その捌け口を周りに求めた結果、こんな有様だ。
「ちゃんと反省して」
承諾をもらう前に、唇に触れた。
久しぶりの感触はふにふにと柔らかくて、昔のあの頃に戻ったようだと錯覚してしまう。
最初は唇が触れるだけの軽いキス。
反応を見る間も無く、続けざまに噛み付いて舌を差し込むと、侵入した口内は酷く熱かった。
及び腰の舌を捉えて絡めると、口腔を犯すように舐め回す。
閉じていた目を開けると、口付けを堪能している間、ずっと見つめていたのか。
奏にぃの瞳と目が合った。
それがなんだか気に食わなくて、夢中になって貪っていた唇を離して、耳元で囁く。
「ねえ、親父とヤって気持ちよかった?」
「それ、今聞かなくても……んんっ、くすぐったいから、それ」
ぺろりと耳朶を舐めて、舌先で耳の中を濡らす。
こそばゆいのか、鼻から抜けるような笑い声になんだか気が抜けてくる。
ここはそんなに敏感ではなかったみたいだ。
けれどそれがますます俺のやる気に火をつけたみたいで、意地になる。
「キスは? どっちが上手い?」
「親父と俺、どっちがいい? 好きな方選んでよ」
首筋についたキスマークを上書きするように、そこに吸い付く。
親父って言われたら立ち直れない。
聞いた直後に後悔に駆られる。
奏にぃの顔が見れなくて、首元に顔を埋めていると、
「――誠」
俺の名前を呼んでくれた。
それがとても嬉しくてしかたない。
奏にぃの一番になれたような気がして、口元に満足げに笑みを浮かべる。
けれど、それに続いた言葉にぬか喜びだと知る。
「ごめん、ちょっと。そろそろ限界なんだけど」
「……なに?」
「昨日腰痛めて辛いんだよ。ほら、僕今年で28だから若くないし、悪化させたくないんだよね。腰痛って結構辛いんだよ? 誠はまだ若いからいいけどさ」
眉を寄せて苦しげに訴える奏にぃに、ぽかんと口を開けたまま固まる。
そういえば、昨日は親父と寝たとそう言っていたか。
改めて、この人の口から仄めかされるとどうにも我慢ならない。
やっぱり、コイツはクソ野郎だ。
「アンタ、ほんっとうに最低だな」
「でもそんな僕が、誠は好きなんだろ?」
「クソ野郎は知らない。俺が好きなのは優しい方の奏にぃだから。クソ野郎のアンタは早くどっか行って。俺の前から消えろ」
「えー、酷いなあ」
俺のツンケンした態度に、奏にぃは楽しそうに笑った。
その笑顔に、俺は簡単に絆されてしまう。
胸をやんわりと押した奏にぃの手を取って、指先にキスを落とす。
もっと触れていたいのに、こんなとこでお預けなんて、本当に酷い人だ。
はやく、俺のものにしたい。
きっとそれは叶わないんだろう。
俺のことを嫌いでもいい、それ以上は期待しない。
そう言った手前、こんなことを願うのはおこがましいけど。
俺が奏にぃのことを好きな分だけ、この人にも俺のことを好きになってほしい。
10年も待ったんだから、これから先もいくらでも待てる。
いいつけだってちゃんと守る。
俺は一途な男だから、裏切って悲しませることなんてしない。
だから、はやく俺のものになってよ。
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