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誰も知らない貴方の顔-3
こういう風に、昼を一緒に過ごすようになって今日で四日目。
江川さんは毎日、律儀に俺を誘ってくれる。
付き合ってくれとお願いしたのは俺なのに、これではおかしいと思いながらも甘えてしまっている自分がいた。
江川さんの隣はとても居心地が良くて、毎日着ているスーツのように慇懃さを纏って、礼儀正しく失礼のないように心掛けている表面が、いつのまにかパリパリと剥がれてしまう。
褒められるとすごく嬉しいし、構ってもらえると取り繕っているくせにそれも忘れてはしゃいでしまう。
時任主任や三嶋さんでは、ここまで嬉しいとは思えない。
――俺の特別は、江川さんだけだ。
四日前に、ダメ元で江川さんにお願いして良かったと心の底から思う。
仲良くなりたいと思っても、どうしても対面だと話をするのも上手くいかなくてボロが出てしまう。
それをなんとかしたくて、荒療治だったが江川さんに付き合って欲しいと頼んだ。
業務以外で接する機会が多ければ、俺のあがり症もなんとかなるんじゃないかと思ったのだ。
実際のところ、四日前の俺と比べればかなり進歩したのではないかと思う。
そわそわと落ち着きがなかったのが少しはマシになって、江川さんを困らせることはあまりなくなった。
たまーに、訝しげな顔をさせてしまうのは正直申し訳ないとは思うけれど、江川さんはそんな俺を見限らない。
だからつい、甘えてしまう。
江川さんにしてみれば迷惑だろうけど、それでも甘えてしまうのは彼の面倒見がいいからだ。
時々、頭を撫でてくれる手も父親のようにデカくて温かくて安心する。
江川さんにはそんなつもりなんてないのだろうけど、そう思えることが俺にはとてつもなく嬉しいことだった。
残業続きの毎日だけど、江川さんと一緒ならそれほど苦でもない。
三嶋さんは、旦那さんがいるから早々に切り上げて帰ってしまう。
時任主任がいない時は、総務のオフィスで江川さんと二人きりだ。
けれど、別段話をするわけでもない。
江川さんはどちらかというと仕事人間で、時任主任ほどではないけれど自分の仕事はきっちりとこなす人だ。
俺も業務中はあまり私語はしない。
カタカタとキーボードを叩く音がこだまして、他にはなんの音もしない。
とても静かだ。
そんな静寂が、突然鳴った電話の着信音で破られる。
ピリリ、と鳴っているのは江川さんのスマホだろう。
作業の手を止めてポケットからスマホを取り出すと、俺に目配せをした後、耳に押し当てる。
「はい、江川です。……はい、そうですが。……そうですか、わかりました。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。今からそちらに向かいますので……はい、失礼します」
聞こえてきた会話は、なにやら只事ではなさそうだった。
通話を終えた江川さんは、溜息を一つ吐き出した。
なんだか、とても疲れた顔をしているように思う。
「新島、悪い。俺、帰らないと。急用が出来た」
心配だな、と心の中で思っていると、江川さんは椅子から立ち上がって告げた。
俺を見ることもしないで、パソコンの電源を落として、カバンを引っ掴む。
えらく急いでいる様子に驚きながらも、どうしたんですか? なんて聞けなかった。
そんな雰囲気ではなかったし、そんな余裕もないくらい切羽詰まっている江川さんなんて初めて見たからだ。
どうしたらいいのかわからずにデスクに座ったままオロオロしている俺に、江川さんは一瞬だけ目を向けて、それから申し訳なさそうに口を開いた。
「悪いな、約束守れなくて」
「え?」
「俺、たぶん明日休むから」
それじゃ、と言い残して江川さんはオフィスを出て行った。
一人残された俺は、状況が理解できないまま身動きがとれなかった。
まるで嵐の後のようだ。
さっきまで目の前にいた江川さんの場所は、ぽっかりと空白になっていて白々しい。
しまい損ねてデスクから飛び出した椅子が、なんだかとても淋しく思えた。
宣言通りに翌日、江川さんは会社に来なかった。
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