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ラブロマンスを君と-1

〈江川 雪人〉 駅前の人混みの中、しきりに辺りをキョロキョロ見回す人影が見えた。 遠くからでもそれが誰だかわかって、相変わらずの様子に苦笑を零して近づく。 昨日、時任から電話があった。 なんでも新島のヤツ、俺が休んだことがものすごいショックだったらしい。 一日中元気がなかったよ、との時任の報告になんだか申し訳なくなった。 一週間付き合ってやるという約束も、結局破ってしまったし、先輩として本当に立つ瀬がない。 だからこうして、土曜の休日に映画にでも誘ったのだけど。 やっぱりこれは……ないよなあ。 「あっ、江川さん」 人知れず溜息を吐いて、人混みを縫って近づけば新島に声をかけられた。 慌ててなんとか笑みを作って対応する。 「おう、待ったか?」 「いいえ、俺も今来たとこなので」 人波にもみくちゃにされながら、なんとか隣まで来ると一息つく。 駅前のここはモールとか、色々な商業施設が纏まっているのだけど、なんでまた今日はこんなに人が多いんだ? ウンザリしながらぽつりと文句を零すと、それに新島が応えた。 「確か今日から上映開始だったはずですよ、あれ」 ちょうど交差点を挟んだ向かい側にある映画館の、デカデカと貼られているポスターを指差す。 日曜の朝にやっている、子供向けアニメの劇場版だ。 それの公開初日ということで、だからこんなに家族づれが多いのか。 それを目にして、今朝家を出る前に言われた言葉が胸に突き刺さる。 確かに、これはないよなあ。 女子高生にそんなこと言わせるんだ。 男二人でなんて、それこそない。 「どうしたんですか?」 暗い顔をして黙り込んでいると、新島が顔を覗き込んできた。 気を遣わせるのも癪だから、取り繕って顔を上げる。 とにかく、こんな人が多い場所ではろくに話もできないし、どこかカフェでも探してそこに入ろう。 「まだ時間あるし、どっかでお茶でもするか」 「いいですよ」 二つ返事で新島は頷いた。 あそこなんてどうですか、なんてえらくはしゃいでいる様子に、昨日落ち込んでいたと聞いていたから少し拍子抜けする。 まったく普段通り。いやそれ以上に、浮かれてないか? 「お前、なんでそんな楽しそうなんだよ」 「だって、江川さんが休日に映画に誘ってくれるなんて思ってなかったから! 嬉しいんです」 前から駆けてくる子供を避けながら聞くと、そんな答えが返ってきた。 真っ直ぐにこんなことを言われると、多少は嬉しくなるものだ。 新島にはそんなつもりはないだろうけど、褒め上手というよりは天然タラシに近い。 「江川さんは?」 「えっ?」 「楽しいですか?」 立ち止まって、いきなり聞かれた問いかけにすぐに言葉が出てこなかった。 意表を突かれたっていうのもある。 けれど、一番の要因は目の前の新島がとてもいい笑顔でそんなことを聞いてくるから。 それがなんとも眩しかったからだ。 「悪くないな」 微笑むと、新島は嬉しそうに破顔した。

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