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ラブロマンスを君と-2
ドリップコーヒーとカフェオレを頼むと、カフェのテラス席に座って一息つく。
新島には色々と言わなければいけないことがあるのだが、何から話したものか。
悩みあぐねていると、カフェオレに口を付けていた新島が、そうだと顔を上げた。
「今日って何を観るんですか?」
詳しく聞いてなかった、と零した新島に、背中に嫌な汗をかきながらどうしたものかと思案する。
映画を観ようと誘ったのは本当だ。
そのつもりで今日、こうしてここに居るのだが。
「それはなあ、その……あれだよ、あれ」
映画館前に貼られてある、アニメのポスターを指して曖昧に返事をする。
俺の手の動きを追うようにして、新島の目線が動いてそこで止まった。
俺がこんなの観るなんて思ってもいなかったんだろう。
しばらくなんの声も返ってこないあたり、こっちも気分はドン底だ。
俺だってこんなのを観たいわけじゃない。
「江川さんって、こんなの観るんですね」
「……お前、なんか変な勘違いしてないだろうな」
「えっ、」
「俺の趣味じゃねえからな、これ」
必死に弁明すると、新島は驚いたように目を丸くした。
やっぱりそう思われてたのか。
そりゃあ、映画に誘われて観るのがこれって言われたら誰だってそう思うよな。
「妹が居るんだよ。今年高校入った」
「えっ! そうなんですか?!」
「んで、今日はあいつと観る予定だったんだけど、こんなの観る歳じゃないって言われて」
「うーん、まあ、そうですよね」
「あ、やっぱそうなの?」
まだヤングな新島にそこまで言われるのなら、そりゃあ拒否られて当然だ。
年頃だし、兄貴とこんなの観たくないって言われるのも頷ける。
確実に俺のリサーチ不足で反論の余地もない。
「でもせっかくチケット取ったんだから勿体ないだろ? お前なら、誘ったら来てくれるかなって思ったんだよ」
口に出して言うと、なんとも最悪な言い訳に聞こえた。
今ここで無理だと帰られても引き止められない。
恐る恐る新島の様子を伺うと、俺の予想とは裏腹になぜか目の前のこいつは嬉しそうにしていた。
なんだこいつ、と不審がっていると、そんな俺を見留めて新島が口を開く。
「江川さんはこれ、観たいんですか?」
「そう見えるか?」
「乗り気じゃなさそう」
「わかってんならいいよ」
コーヒーを啜りながら渋い顔をしていると、神妙な面持ちで新島が顔を上げた。
「俺思ったんですけど、キャンセルすれば良くないですか?」
「できんの?」
「上映前なら出来ますよ」
慌てて腕時計を確認する。
ちょうど30分前だ。
「まだいけるか?」
「おそらく。これ片してから行くので、江川さんは先に映画館に行っててください」
「わ、わかった」
新島の助言通りに、慌てて席を立つと真っ直ぐに映画館へ向かった。
受付はたぶん混んでるから券売機でやった方がいい、との事だったが、新島の言った通りに映画館の中は家族連れでごった返していた。
なんとか券売機の前まで移動して、手続きを済ます。
映画館に映画を観に来るっていうのは、何年もしていないからこういう事情には疎いが、機械音痴というわけでもないからなんとかうまくいったようだ。
券売機から離れてホッと息を吐いていると、映画館の入り口。
キョロキョロと辺りを見回しながら新島が入ってきたのが見えた。
手を上げて知らせると、人混みを掻き分けて俺の隣まで来る。
「キャンセル、出来ましたか?」
「おう、助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
なんとか男二人でのアニメ鑑賞会は阻止できたが、これからどうするべきか。
流石にこれで解散、なんてのはよろしくない。
「せっかく映画館来たのに、何も観ないで帰るのはないよなあ」
電光掲示板に流れていく映画のタイトルを眺めながら呟く。
「新島、お前なんか観たいのとかないの?」
「俺ですか? ええっと……観たいの、観たいのかあ」
訊ねると、新島は真剣な顔をして悩み始めた。
目の前にある掲示板を、親の仇でも見るように睨みつけてるもんだから少し可笑しい。
「つっても、俺も映画とかってそんな観ないしなあ。何がいいんだろ」
できれば今からすぐに観れるのがいい。
次の上映時間は二時間後だし、それまでどこかで時間を潰すなんて御免被りたい。
と言っても、今から上映するのなんて、
「恋愛ものばっか」
これも流石に男二人ではキツいんじゃないか?
カップルで観るんだったらまだ許せるけれど、俺とこいつは男だしそういう関係ではない。
でも、一週間だけ付き合ってくれって言われてたから、恋人同士って言われたらそうなんだろう。
認めたくないけど、そういう約束だから仕方ない。
「――江川さん」
「なに?」
「俺、観たいの決まりました」
さっきまで凄い顔して悩んでたのはどこに行ったのやら。
とびっきりの笑顔でそんなことを言うもんだから、隣の新島が何を選んだのか気になってしまう。
「江川さんと一緒に観れるなら、なんでもいいです」
少し期待していた俺を置き去りにして、新島はニコニコ笑顔でそんなことを言い放った。
それはちょっと……いや、かなり反則じゃないか?
「お前なあ……それは決まったとは言わねえんだよ」
「す、すいません……」
しゅん、と肩を落として落ち込む新島に、どうにも調子が狂う。
いや、だめだ。今日は俺に付き合わせてるんだから、文句垂れるのはお門違いだろ。
ごほん、と無駄に違いない咳払いを一つして、わざと明後日の方を向く。
なんとなく新島の顔が見れなくて、顔を背けながら最終確認を取る。
「本当になんでもいいんだな?」
「は、はい。なんでもで構いません」
「……恋愛ものでもいいか?」
「はい!」
「そんな元気の良い返事されても困るんだけど」
向き直った新島はさっきのしょんぼりしてたのはどこへやら。
いつもの笑顔が見えて、なんだかそれにホッとしてしまう。
自分でも絆 されてるなあ、なんて思いながら、
「でも、お前が嬉しそうなら、俺もそれでいいよ」
なんだか全てがどうでも良くなって、甘やかしてやると俺の隣のこいつは、やっぱり嬉しそうに笑うんだ。
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