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第6話
亘の家は独身者向けのワンルームだ。広さはないが、物も少ないので狭いと思ったことはない。あるのは小さな本棚に収まる程度の本とDVD、ダンベルなどの軽い運動器具くらいのものだ。
「お邪魔します…」
「どうぞ。何もない部屋ですが」
そわそわしながら祭が靴を脱ぐ。
まだ5月なのに30度近い気温に合わせて、今日の祭は半袖のTシャツにチノパンというラフな格好だ。少し大きめのサイズなのか、二の腕と袖口の間に隙間ができていた。
「片付いてますね」
「休業中に掃除くらいしかやることがなくて」
「ああ、分かります。どこにも行けないし」
「だからずっと楽しみにしてたんですよ」
「何をですか?」
「祭さんと映画を観るのを」
「……俺もです」
祭が照れくさそうに笑う。亘は、自分も同じような顔をしているのだろうと思った。
飲み物とつまみを用意し、テレビの前に並んで座る。ソファのような気のきいたものはないので、床にクッションを敷いた。
亘が客人用のクッションなどを常備しているはずもなく、この日のために通販で買っておいたものだ。祭がまた来てくれるならソファを買うのもいいかもしれない。
元から祭に対しては親しみを感じていたが、最近の自分は特におかしい。寝ても醒めても祭のことを考えては、年頃の学生のように浮かれてしまう。
亘は慣れた手つきで映画配信サービスを開く。テレビの画面にお気に入りリストを表示した。
「これか、これとか」
「あ。俺これがいいです。観たかったやつ」
「俺もです。じゃあ、これで」
スムーズにタイトルが決まる。ハリウッド制作のシリーズ最新作だ。ちょうど亘も観たかったタイトルで、ささやかな意見の一致に嬉しくなる。
映画が始まると、2人で画面に集中した。ハリウッドらしく話の筋は単純だが、派手なガンアクションは見ごたえがある。
単純なストーリーでも、熱が入ってくるとつい感情移入をしてしまう。敵が近付いてくるのに主人公が気付かないでいると亘はホラー映画ばりにドキドキした。
そのまま敵が主人公に不意打ちする。反射的に身体がビクッと反応してしまった。
「わぁっ!」
同時に、隣で控えめな悲鳴が上がる。あまりにドンピシャなタイミングだったので、亘は一瞬自分の声かと思った。
「す、すみません! すごい驚いちゃって……」
「大丈夫ですよ。俺も驚きました。顔にはあまり出ないんですけど」
こわばった表情筋から亘の言葉がお世辞ではないと伝わったようだった。祭がほっと胸を撫でおろす。
「気が合いますね」
「そうですね」
お互いに照れ隠しに微笑みあう。まるで付き合って初めてのデートのようだ。甘酸っぱいような生暖かいような、不思議と心地のいい空気だった。
このやりとりでリラックスしたのか、祭は画面を見ながら「ああ、そっちはだめ!」だとか「後ろ!」だとかを言うようになった。あえて返事はしないものの亘も同じ気持ちで拳を握りしめたり、前のめりになったりしていた。
アクションシーンが一旦落ち着き、場面の切れ目になると、祭が亘に向き直る。
「すみません、うるさくて」
「全然いいですよ。むしろ今まで観た映画で、1番楽しいです」
「実は、俺も。こんなに一緒になって楽しめるの初めてで」
しばらく会話パートが続いた後、主人公とヒロインがいい雰囲気になった。直接的ではないがラブシーンが始まる。濃厚なキスだけは、ばっちりカメラに収まっていた。
「……」
亘はつい隣の祭を意識してしまう。祭は今、どういう気持ちで同じものを見ているのだろう。容姿のいいヒロインに惹かれたりするのだろうか。
ちょっとだけ盗み見るつもりで、隣に目をやる。
祭も同じタイミングでこちらを見ていた。
期せずして祭と目が合う。
反射的に目をそらした。急激に湧いた羞恥心を制御できず、顔中が熱くなる。落ち着くまで祭の顔を見られなかった。
しばらく無言でやり過ごすと、再びアクションシーンが始まった。
にぎやかな戦闘音を聞いていると、いたたまれない気持ちも薄れてくる。やっと映画に集中すると話も佳境に差し掛かり、あっという間にエンドロールが流れ出した。
「面白かったですね!」
画面に流れる文字が止まらないうちに、祭が興奮冷めやらぬ様子で言う。
それに答えようとしたところで、側に置いていた亘のスマホが鳴り出した。電話の通知音だ。
何か言う前に、祭がテレビのリモコンを手に取る。
「あ、いいですよ。音量下げますね」
「すみません。ありがとうございます」
通知を見ると学生時代の友人からだ。後にしてもよかったのだが、祭がせっかく気をきかせてくれたので亘は電話に出る。わざわざ電話をしてくるなんて、よっぽどの用事かもしれない。
「もしもし。ああ、久しぶり」
会話を始めてみれば、久しぶりに会わないかという他愛もない話だ。
会話の合間に祭を見るが、特に気にした風もなく画面の文字を目で追っていた。
「今ちょっと、人といるから。うん、また明日。じゃあ」
早々に通話を切り上げる。ロックをかけるのも忘れて、手近な棚の上にスマホを置く。
「すみません、本当に」
祭は人が良さそうな笑みを浮かべる。
「いいですよ。なんか、最近は俺とばっかり遊んでもらっちゃって悪いですし」
頬を掻きながら、祭が目を逸らす。
「そんな。俺の方こそ、祭さんの休日をひとり占めしてしまって」
「それは全然大丈夫です!」
「俺もですよ。なんか繰り返しになってますね」
冗談めかして言うと、祭のこわばった顔が少しだけ緩んだ。
「本当ですね。でも、ほら。彼女さんとか」
意外な言葉に亘は面食らう。恋人がいる可能性について、亘は考えたこともなかった。逆に祭はどうなんだろう。
「彼女なんてもう何年もいないですよ」
少しためらって、間があいた。祭の恋人については聞きたくないようで、やっぱり気になる。
「祭さんこそ、どうなんですか」
「まさか! 全然いないですよ!」
祭が大げさに手を振ってみせる。亘はほっとして軽く息を吐いた。
「よかった……」
「よかったって?」
「ああ。いや。なんでも」
祭はぽかんとしている。亘も自分が何に安心したのかよく分からなかった。
「そういえば、その……」
そう言いながら、祭がそっと目を伏せた。
緊張しているのか、華奢な指を膝の上で組んでいる。
亘は、これに続く言葉が予想できた。
今日の本題だ。
「言いたいこと、なんですけど」
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