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ただまあ、終わったことといえど、その名前で呼ばれてちょこっと興味を示してしまった、というのは不自然な流れではないはずだ。うん。
「今、私を何と呼びました?」
「あ、いや、お……僕は何も……」
「何をそんなに狼狽えているのですか」
もはや敬語が外れかかっている転入生。
吃れば吃るほど怪しいのだとこのヲタルックマリモくんは気付かないのでしょうかね。教えてやらないけどね。
「話して貰いましょうか。何故あなたが《コウ》を……私を知っているのかを」
チームはもうとっくに抜けたし、正直理由なんてさほど興味もないという本音はもちろんミッフィー。
転入生の身長は俺より何センチばかりか低い。顔をやや近付け、いつものような張り付けた笑みを浮かべて見下ろす。
ここで、腐男子の要求通り作り笑いのハードルを下げることも忘れない(そもそも作り笑いのハードルなんて意図して上げ下げするもんでもないが)。
さて、どう来る?
「……、…、その笑い方……。なんか、変」
…………。
なにこの………到底マトモとは思えない身形のやつに変だと指摘される屈辱感……。
人の笑い方を言う前にもっと変なものがあるだろその髪型とか眼鏡とかへたくそな敬語とか。俺の質問キレーに無視しやがったし。
そしてお約束な一言。
「お前………笑顔なんて貼り付けんなよ!」
……これ、マジで誰かが仕込んでんじゃねぇの?
つーか模範的な解答過ぎてつまんねえんだけど。リウが語る王道転入生の性格から外れることも期待してたのに、やはりギャグは外面だけということか。
まあとりあえず、王道ルートをなぞるならこれで第一関門はクリアか?
まさかこうもすんなり事が運ぶとは思ってなかったけども。
後は俺の台詞、相手に気に入ったことを伝えればお終いだが、正直そんな感情微塵も起きないのが本音。
え、キス? しない。絶対しない。そこは王道ルート通り会長に任せとけばいいんだ。あの面食いな会長がするとは思えないが。
「私が笑顔を、貼り付けている、と? ……よく気付きましたね。気に入りましたよ、ルイ」
「……っ!」
耳元に唇を寄せ、自分の中で極力甘いトーンを心がけて、囁くように告げる。途端、顔を上気させ息を呑む転入生。おやまあ。
さすがにキスは無理だけど、転入生にはちょっとでも印象を残しておかないと後々面倒。だから少しばかり意味深に甘く囁けば、王道上ノーマルだと思われる転入生は、男同士なのに、って違和感を覚えるかなと。
この学園に来たことだけは同情を禁じ得ない。ほんと異常だからな、生徒総数の8割近くが両性愛者って驚異どころじゃねえぞ。
「……今後とも、宜しくお願いしますね」
最後にわざとらしくフッと息を吹きかけるように笑えば身体を震わせる転入生。さて、これで案内において問題は残っていないだろう。
距離を取り、にっこりと唇に笑みを乗せれば転入生は顔をやや赤らめた。あれまあ。
ここまででいいか。別に腐ラグをたてる気はないし。有り得ないことだとは思うけど、俺相手に変な気を起こされても困るので。
これから少しでも俺に被害が及びそうな気配がしたら面倒ごとは全部バ会長の方に押し付けてやる。俺様は大人しく我が幼なじみの腐観察に捧げる生贄となればいいんだ。俺の身替わり頼みますわ。
────だから、「王道」。
いくらお前が常軌を逸した変人だとしても、俺の妨害だけはしてくれるなよ。
知らず知らず鋭くなった目を、未だ固まったまま心ここに在らずな王道へと向ける。
では行きましょうか、と努めて優しく声を掛ければハッと我に返る王道。よく見れば形のいい唇が、ふんわりと笑みをかたどった。
「よろしくな、リオ!!」
王道特殊スキル1、「人類皆友達思考」、とやらか。
見目も性格も、どこまでもリウの言う通りみたいだな。というか呼び捨てかよ。俺のが年上なんだが。
「……はい。よろしくお願いします」
来たる、王道転入生は俺の努力の末ひとまず好調なスタートをきった。多分。
青嵐吹き靡く5月の初旬。
俺のすぐ横ではしゃぎ回る転入生を横目で見つつ、足早に理事長室を目指した。
校門付近にて今この瞬間萌え滾ってるバカの存在には、気付かないまま。
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