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あんたは俺の、 1

 学園の平穏が、崩れた。  言わずもがな、王道転入生である佐久間涙が原因だ。  王道襲来からまだ一週間。  その短期間で王道の計り知れない力を、まざまざと見せ付けられた。  予想通り全校生徒の目が王道へと注がれたまでは良かったが、まさかここまで学園内が荒れるとは。  認めよう。甘くみていた。  わんこ(と俺)を除く生徒会メンバーを始め、同室一匹狼やホスト教師その他諸々を虜にするウイルス感染力の凄まじさ。  終いには双子がヤツに生徒会室の入室許可を勝手に出した上、役員共はサボるわ構うわ学園に居ないわで仕事量が今までの比じゃない。  王道と鉢合わせるのがいやで、ここ一週間は生徒会室にもほとんど立ち寄ってない。  他のメンバーの尻拭いに追われる現状に、そろそろ我慢も限界だ。  さらには親衛隊は暴走、その現状を利用した愉快犯の問題行動、王道を巡っての衝突エトセトラ。まさに台風の目。  非常識学園に訪れた混乱に翻弄された一週間でした。 「終わらない。死ぬ。このままでは死んでしまう」 「ここ、教室だから、抑えて抑えて」  ただいま自習中。  さすがエリート校の最上位、Sクラス。比較的真面目に学習に取り組む生徒が多い。  時に俺の席まで勉強の質問をしに訪れる様子は、若干の下心が見え隠れしていても関心出来る。  一方の俺は昼休みと放課後だけじゃ間に合わないからと自習時間にも仕事用のノートパソコンを持ち込み仕事。  前の席に移動して座るリウには何かと文句を言われながらも手伝ってもらえるよう交渉成功。まあ、まわりに生徒がいても処理できるような機密性の低い仕事内容なので、自ずと簡単な雑務に限られるが。  ちなみに本来そこの席だった生徒はリウが座ったことで顔を緩めているがスルースルー。  溜め込んだ不平不満のせいで増える誤字に苛立っていると、リウからぺらりとルーズリーフが寄越された。女の子みたいな丸文字でさらに俺のイライラを煽ってくる。 『ばっかだねえ、リオ。中途半端な責任感なんてものがあるからこそ、こんなの始末しなきゃいけなくなるんだよ?』 『貶されてる気しかしない』 『この書類破るよ』 『マジ感謝してまっすー』 『心が籠もってないね。もういっそ諦めて王道の取り巻きに加わっちゃいなよ』  何を申すか。王道を毛嫌いしているタツキ一人に仕事を任せて、王道を口説きに行けというのか。断固として断る。  ちょっと疲れた。休憩。  打ち込んだデータを一旦保存し、ボールペンに持ち変える。 『王道の何がいいんだ。煩わしくてうるせえだけじゃん。どこがそんなに見てて面白いわけ? 腐男子さんよぉ』 『あえて言うなら、いつも自信過剰で私利私欲に溢れた傲慢な生徒会集団が、たかが一人の人間を盲信し心酔し結局は一人とくっつくのを仲違いもせず受け入れる薄っぺらい茶番劇、とか?』  聞かなきゃよかった。  どうせ「萌えるから」程度の解答だと予想した俺が浅はかだった。つうかこんなガチレスが帰ってくるとは思わなかった。三行に渡って書き綴られた持論を追うにも目が滑る。  おまえ、実は王道転入生も王道生徒会も嫌いだろ。観察対象ってだけで勝手に萌えの材料にはするくせに、巻き込まれるのは御免ってタイプだろ。  だから腐男子って嫌なんですよもー。 『深いな、王道って……』 『うん、王道の行動力は本当に素晴らしいよ。人類すべての人間が友達──すなわち個々人の関わりを友達という言葉で呪縛し、じわじわと洗脳する暴虐さ……一度信者へと誑し込めれば対象のマインドコントロールさえ可能にする狡猾さ……。それらの理不尽がすべて無自覚・天然という括りで一掃されるのがまた王道の強みだよ。裏を返せばまるで支配者だよね。さすが"王"道』  ……お前は王道に金品を巻き上げられたり親を殺されでもしたの?  どんな視点から王道小説読み漁ってきたんだ。穿って見るにも程があるだろう。少なくともそんなダークにまみれた王道は聞いたことありません。 『お前実は王道嫌いなの?』 『ええー? こんなに待ち望んでいた存在なのに嫌いなわけないでしょー?』 『嘘吐け、茶番劇だの洗脳だの理不尽だの、さっきから解釈が刺々しいん──』 「あ、あのっ《光の君》! お仕事中に申し訳ないのですが……もし良かったらここの問題、教えてくださいませんかっ?」 「……ええ、構いませんよ」  クラスのチワワ系生徒が近づいてきていたことに気付き、紙での雑談を途中で中断。パソコンとルーズリーフを伏せ、言葉使いも副会長として適切なものに切り替える。  リウを見るチワワの目が控えめに痛いのは、カワイイ系に特化した相手に対する同族嫌悪、別名キャットファイトってやつだ。どっちも男だがな。  睨まれた本人は花開くような笑みを瞬時に装着し、引き続き仕事の手伝いに取り掛かる。  

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