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「そういえば歓迎祭、何故か今年は異例の延期でしたよね、先生」
「ああ、誰かさんが理事長説き伏せちゃったからあ」
「……」
説き伏せた、なんて大袈裟な。
俺はただ、制裁だイジメだ派閥争いだなんだと、親衛隊を中心にそこかしこで問題が起きて全体的に疑心暗鬼になっている今、歓迎祭を催したところで成功するわけないと思っただけだ。
イベントに乗じて問題行動が頻発するに決まっている。
それを、「あなたの甥っ子が危険な目にあうかもしれない」という危惧が極力全面に見えるような語り口を意識して、理事長に新歓の延期を進言した。
個人的にはもう廃止にしてしまいたかった。だって企画とかめんどくせえ(これが本音である)。
けれど「大きな行事だけに、楽しみにしている生徒も多い」との理事長の意見は尤もだったので、とりあえず先送りというかたちで猶予が与えられていたのだけれど。
その交渉が、2日前。
「今の今まで忘れてたって顔だねえ」
「…………」
「お。無言ということは。あたりですかにゃ?」
悔しいが、藤戸氏の言うとおり。
ここのところ忙しくて、綺麗さっぱり忘れていた。
元々組み立てていた企画は取り止めとなり、今はもうまっさら状態である。
本来なら生徒会メンバー総出で執り行うのがこのイベント。ほかの役員は果たして新歓の存在を覚えているのだろうか。
「……私以外の役員は、企画のこと、何か言ってました?」
「あー……すまん、魔王様。今のとこ、魔王様以外に頼めそうにないんで、他のメンツには特に声かけてないッスわ」
「……そうですか」
例えば俺が教師でも、同じ判断をしただろう。
双子とマツリはすっかり王道に意識を持ってかれていて、今このときも教室にいない。多分生徒会室だ。そして多分、王道もそこにいる。
会長に至ってはそもそも、学園にすらいない。「留守は任せた」と数日前に連絡が来て、そこからぱったりだ。
そして、役員が不在の分の穴埋めとしてタツキは俺以上の仕事量を黙々とこなしている。会長がいないせいか、最終学年のタツキは余計に気が張っているんだと思う。休むように言っても聞きやしない。
まあ、俺の独断で企画を延期した以上、俺が任されるのは自然な流れだ。無責任に放り出すようなことはしない。
「……こ、光様……あの、ご負担をかけるようで申し訳ないんですけど、このまま新歓がなくなったり、しませんよね……?」
おずおずと声をかけてきたクラスメートの瞳は、不安そうに揺れていた。
特に詳しい説明を明かさぬまま(明かせなかった、が正しい)歓迎祭を延期してしまったために、歓迎祭そのものが廃止になるのではないかと、そんな不安を生徒に与えていたらしい。
こちらを恐る恐る窺う眼差し。
ここ一週間の生徒会に対する不信感の現れ。
「……ご心配なさらず。当初予定した企画とは異なりますが、必ず実施致しますので、しばしのあいだお待ち下さいね」
「そっ、か…………よかったです!」
ほっとした様子で自席に引き返すクラスメートを見て、これは早急に取りかからねばマズイなと判断。
これ以上ボロを出せば……例えば新歓の企画が難航しようものなら、生徒会機能の著しい低下がハッキリと露見してしまう。
しかし問題は、今年は何をするか……。
鬼ごっこのように、生徒同士の闘争心を煽るような企画はタブーだ。問題の火種になりかねない。
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