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まずは冷静に、状況を確認しよう。
今は授業中。前方にはマツリ、王道、双子。周囲を取り囲むのは二十人程度の一年生ギャラリー。
そして背中に低い体温と、お腹に回された左腕。聞き覚えのある声。風紀で、一番厄介な人間の、声。
普段こんな小さな騒動に現れることから有り得ない人間の登場に、精神的に挫けそうな俺がいる。
「ど、うしてあなたがわざわざこんなと、こ……っ!」
「お前に会いにきた。……と言ったら、どうする?」
俺の問いに被せるよう、わざと息を吹き込むように耳元で囁かれた声に、ぎりぎり保っていた余裕すら呆気なく剥がされ奪われる。
ジンと熱くなった耳を押さえたくて隠したくて、けれどあからさまに反応してしまうのも悔しくて、唇を噛むだけに留めた。
最悪だ。
よりにもよって、天敵がきた。
「、……冗……談も大概にして下さい。というか、離、れて下さいよ……!」
「相も変わらず反抗的だな………支倉、」
フッと笑う気配が産毛を逆立て耳殻を犯す。聞き馴染んだ自分の名字なのに、まるで知らない単語のように聞こえる。
だめだ、このままでは。相手のペースに乗っちゃいけない。
腹に回された白くて大きな手を上から押さえ、押し退けるように体重をかければ、目論見通り拘束が緩む。なんとか身を捩り、脱出成功。
わざとらしい。意味深な言葉も指使いも。
絶対この人、俺で遊んでる。
愉しそうにくつくつ笑う頭上の男をキッと睨みつけた。
「……この程度の騒ぎで風紀委員長が直々にこちらへ足を運ぶなんて、暇なんですね」
「この程度の騒動を引き起こすお前こそ、暇なんだな」
皮肉を皮肉で即座に返された。しかし、顔に出さずとも内心苛立った俺に対し、相手はクッと口角を上げて不敵に笑うだけで、追ったダメージは一目瞭然。
豪奢、という表現が相応しい鮮やかな金髪と白い肌。きりりと鋭く、世にも珍しい銀灰色の瞳。そして鼓膜を直接震わせるのは、ゆっくり低めの甘い声。
────風紀委員長、志紀本棗 先輩。
この学園で、生徒会会長に唯一匹敵する美貌、家柄、カリスマ性、人徳を欲しいままに有する、完全無血の男。
そしてほかでもない…………この俺の、天敵。
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