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「これは借りていく。せいぜい必死に仕事を片付けることだ。風紀のために」
「……言い方むかつくー」
「無断拝借はだめっ」
ぐいっと二の腕辺りを引っ張られた。どうやら俺は先輩に連行されているらしい。ドナドナー。
生徒会と風紀は仕事の内容が重なることも多いから、結果的にお互いのためになるのである。だからもう少し連携を強化するべきだと俺は思いますがね。
まあ、トップ二人の尋常ではない仲の悪さを思えば、そんな提案口が裂けても言えない。
「………あの。手」
「手が、どうした」
一人でも歩ける、という意味を込めて腕を軽く左右に振るも、掴まれた手は離れない。
俺の反抗に、先輩は小さく笑った。そして俺の後ろ、詳しくは取り残されたヤツらを流し見た。
焦点が誰なのかまでは、分からなかったけれど。
風紀委員室の内部まで招き入れられるのは何だか久しぶりだった。
入口付近のセキュリティシステムに先輩が生徒手帳を翳し、ピピッという認証音の後、スライド式の自動ドアが開く。
最初に構えるのは広いロビー。正面の大きな窓からは天使の梯子のように燦々と陽光が降り注いでいる。
室内を忙しなく行き交う風紀役員が志紀本先輩に最敬礼する最中、チラチラと視線を寄越されながらも、通されたのは応接室。本革のソファに座るよう促され、大人しく向かいに腰掛けた。
しかし俺に「コーヒーでいいか」と尋ねる志紀本先輩を慌てて引き止める。恐れ多いわ。
「長居するつもりはありませんので、お構いなく……」
「今さら気を遣うな。それとも、ここには長く居たくないというのが、本音か……?」
残念そうに片眉を下げた笑い方。否応なく沸き上がる罪悪感。
消極的なその発言が演技だと分かってはいる。しかしなにこの断りにくい空気。
結局はお礼を言って享受してしまう俺も大概、この人の手のひらの上でコロコロされてる一人だと思う。満足そうに微笑む先輩の様子を視界の端に捉えて悔しさが倍増した。
硝子でできたデザインテーブルの上に、コトリとマグカップが置かれた。俺専用のマグカップ。去年はけっこうな頻度で、ここに来ていたから。
礼を言ってコーヒーを一口含み、喉を潤す。
ああ、相変わらずおいしいなあ……。香りもいいし、甘さもちょうどいい。豆も良ければ淹れ方も良いんだろう。
溜め込んだフラストレーションまでスッと流されていく感覚。無意識に肩の力が抜けていく。
嫌味なくらいにスラリと長い足を組んで俺の前のソファに座る志紀本先輩を、ちらりと盗み見た。
そういえばこの人、全然噂にならなかったけど、なんだかんだで王道とすでに接触済みだったんだな。
マツリにしていたさっきの耳打ちについても、気になるけど……。
「し……あの、委員長。質問よろしいですか」
「……。どうぞ?」
「ルイから逃げた、とは……?」
逃げるなんて、この人とは対極にある言葉だと思う。何せ彼は明らかに人を追い詰めて甚振る側の人間だし。
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