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「どうしてそんな嘘を吐く?」
「それは、私個人の問題ですので、委員長に話すほどの大層な内容ではございません」
「……。そうか」
これはあくまで俺の勝手な都合。
俺が俺の安全のためだけに演じているだけの嘘。
俺に明かす意志が無いと伝わったのか、先輩はあっさり引き下がってくれた。
「とはいってもお前のことだから、誰かに脅迫されて嫌々、というわけでもなさそうだな」
「あ、はい。それは大丈夫です」
「ならいい。ただ、今より身動きが取りづらくなることも今後増えることは想像に容易い。周りへの注意は怠るなよ」
「そこは……、覚悟の上です」
「とりあえず……お前があの一年を極力回避したいと望むならば、それに関することに限り、ある程度のフォローはしてやる」
「--、!」
い、いいんだろうか………。
有難く思うのと同時に、今俺と話しているこの瞬間すら無駄にできないほど忙しいだろうこの人の手を、生徒会の俺が煩わせていいのかと、そんな葛藤が生まれる。
お願いすべきなのか遠慮すべきなのか、返答に詰まっていると、志紀本先輩が「仕様のないやつだ」とばかりに小さく笑った。
「こちらへ寄れ」、とさしまねかれるまま席を立ち、先輩の近くに寄れば、先輩もゆらりと立ち上がった。
思いの外近かったようで後方に一歩後ずさろうとしたら、長く白い指によって俺の黒ネクタイを絡めとられる。
顔半分は違う目線の高さ。至近距離に映る、怖いくらいに整った、寒気がするほどうつくしい銀灰のひとみに意識を奪われていたら。
突然、それは耳許で。
「……なに、を…、………つ、」
これは、後輩イジメだ。
するりと、ふわりと耳朶を、溝を触れるか触れないかの距離を、先輩の長い指が滑る。
さっきよりもずっと明確に灯る熱。ぎぅ、と両目を硬く閉じて疼きに耐える。
「ほら、舌の根も渇かないうちに。周りを見ろと、言っているだろう?」
「……、待っ…」
「こうも簡単に弱点を探らせているようでは、先が思いやられるな。副会長 ?」
喋るな。頼むから、その聲で、耳許で喋らないで欲しい。
思いっきり横に避けてなんとか逃げ出し、ジンジンと皮下で疼く耳を片手でキツく抑えこむ。
火照る顔のままキッと睨みつけようと、先輩の余裕たっぷりの表情は崩れない。
「なんっの……嫌がらせですか……っ!」
「フォローはしてやるが……お前のことをあんまり甘やかすものではないと、さすがの俺も学んだんでな」
どういうことだ。何が言いたい。
そう問いたいのにうまくくちが回らない。
からかわれた悔しさと恥ずかしさに身を任せてすぐさま風紀委員室から退出しようと出口へ向かう。
それなのに「支倉、」とひとこと呼び掛けられただけで勝手に足が歩みを止めてしまうのは、去年から続く交流で自然に刷り込まれてしまった条件反射みたいなもので。
「歓迎祭の企画立案、今回お前に一任されるそうだな。何か不安に思うことがあれば、またここに来るといい」
「~~……ッ!」
どこからその情報を、と思う前に、助かったという安堵が自分の中で圧倒的に大きいことが悔しいったらありゃしない。
助力を申し出たかと思えばからかって、からかったと思えば親身なことを言って。
素直に喜ぶなんて到底できる精神状態ではなくて、勢いよく頭を下げて捨て台詞を吐き捨てた。
「ご馳走さまでした! ……ま、た明日!!」
ぐるりと踵を返す後ろで、耐えきれなくなったとばかりに吹き出す先輩の笑い声。
どこまでも先輩の手のひらの上でコロコロされるのを歯がゆく思いながらも、結局は頼ってしまう自分の甘えが恥ずかしくて、俺は尻尾を巻いて逃げ帰ったのだった。
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