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 壁伝いにずるずる沈み込んで、そのまま寝ころんだ。  広がる空は高い。雲は地上より近い。陽は天辺より少し西へ傾いているが、まだまだ夕暮れにはほど遠い時間帯。  抜けるような青い空を、右から左へ、もこもことした綿雲がゆっくりと横切っていく。  喧騒も波乱も、今は遠い。  くあ、と欠伸が出た。ブラウスの裾で口元を抑えるも、間に合わなかったらしい。俺を見下ろす紘野と目があった。 「寝たけりゃ寝ろよ」 「心配要らねえよ。一週間睡眠時間削ったくらいで死にはしねえ」 「別に心配なんざしてねえ」  あらそうですか。  首を少し横に捻るといつもとは違うアングルでその姿が目に入る。  どこから見てもいい男なんだよなあ、顔は。顔は(強調)。  そう思いながらしげしげと眺めていたことがバレたのか、急に伸びてきたやつの白く無骨な左手が目前に迫ってきて、反射的に目蓋を降ろす。ひんやりとした冷たい手が視界を覆う。  ええい離せ、前が見えん。 「だから眠りませんって。手ぇ退けろ」 「失望でもしたか」 「はぁ? 何に」 「生徒会に」  問いをゆっくり咀嚼し噛み砕く。  俺が、仕事を放棄して王道を構うアホ共に対して、失望したかって?  裏切られたと、落胆したと?  ───違うな。  そもそもの前提が違う。  失望も何もない。根本的に、落胆できるほどの信頼関係を彼らとは築いていない。自分の本性をあいつらにひた隠している時点で、見えない壁を隔てた向こう側の人間なのだから。  あいつらに対する怒りはあれど、悲しいかと言われるとそうでもなく。  むしろ、ちゃんと反省して仕事さえしてくれたら、王道と絡もうがどういう仲になろうが、俺が関わる領分ではないと思っている。 「もしかしてあれですか、俺は今お前に慰められてんの?」 「好きに取れよ」 「じゃあ慰めついでに俺の愚痴を聞いてくれ」 「めんどくせ」 「えー……」  こいつは一体何がしたいんだろう。  いわゆる類は友を呼ぶというか、こいつも腹黒というか隠れSっ気なる性質を持っているから、俺の反応を見てただ遊んでるだけかもしれん。ほら今、言ってる傍から鼻で笑った。 「まあお前がめんどくさかろうと勝手に愚痴りますけども。俺が大変なのはまだいいんだよ。クッッソ嫌だけど」 「嫌なんじゃねえか」 「けどタツキが大変なのはなんか可哀想だろうが。端から見りゃあ生徒会唯一王道嫌ってて、タツキだけが浮いてるみてえに言われんの、あんまりだろ」 「相手によっては甘いよな、お前」  だってほら、相手わんこだぞ??  俺と違って純粋無垢だから生徒会メンツのことも心の底から信頼していたんだろうし、今だってハチ公よろしく皆の帰りを犬耳垂らして生徒会室で待っているかもしれない。想像するだけで良心に訴えてくるものがあんだろが。  優しいひとが損をする姿を見ているのは気分が良くない。誰だって。  

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