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「紘野さん、退いて」
「…………」
そしてこの無視である。動かざること山のごとし。退いてよジャイアン。
「ううう、退けよ紘野……」
「……」
『わざマシン:なきおとし』を発動させてめそめそしてみた。
こうかはいまひとつのようだ。知ってた。
ちっ、と舌打ちをかましたせいか、紘野さんのてのひらはするりと俺のおでこへと移動し、頭をガッ掴まれ強制的に上向かされる。いた、いたた、頭蓋骨いた。
クリアになった視界。そこに広がるのは青空ではなく整った容貌。
見慣れてはいるが、鼻先が触れそうなほど間近にこの端正なツラは少々たちが悪い。心臓に悪い。というかこの体勢、俺と紘野じゃなかったら完全におっ始めてる空気では。
顔を固定されたまま上から目をじぃっと覗き込まれる。漆闇のふたつの瞳に自分の顔がはっきりと映りこんでいた。
「へたくそ」
ん、へた?
ああ、泣き真似のことかな。
いつも猫をかぶってるから誤解されがちだけど、か弱いふりというか、女々しい系統の演技は実は苦手だ。自分でやってて正直気持ちわるいのなんの。
まあ俺が泣くと後々面倒というか、許してくれない人がお一人いるのでここ何年と動物番組ですら泣けてないんだけど。
その間も地味に腹筋や両手を使って意思疎通を試みたが紘野の細腕一本はビクともしませんがな。日頃何食ってその身体生成してんの? それとも錬金術?
俺のささやかな抵抗も紘野は歯牙にもかけず、何か思案するよう騒ぎを見据えていた。
諦めた俺も騒ぎをちらりと見てみる。
確かに何か揉めている……がしかし、最近はパソコン画面とにらめっこばかりで眼精疲労がひどいせいか両目2.0以上の俺でもよく見たら会長っぽい姿かたちの人がいるなあ、くらいで紘野みたいに断定できる自信がない。真面目に寝なきゃな、これは。
ずっとしかとを決め込まれ、そろそろグレ始めたところでまたこちらへと顔が向く。次に出された提案は予想もしていなかったもので。
「お前はしばらく鍵かけてここに籠ってろ」
「はい?」
ぽん、と俺のてのひらに尖った何かを押し付け、紘野は上体を起こす。
ようやく訪れた開放感に息をつき、ほっ、と軽いかけ声と共に俺も起き上がった。
見下ろした俺のてのひらには小さな鍵。まさか、この鍵……。
「これ、緊急避難経路の?」
「ああ。スペア」
「くれんの?」
「やる」
「まじか!」
本来コピー不可の、この屋上の避難経路の方のスペアキーだ。
ときどき外から鍵を掛けられていることもあるので、多分不良が盗んだのだろうと以前から捜索されていたもの。
何故お前が持っていると疑問に思ったが、もしかすると取り返してくれたのかもしれない。思わぬアイテム入手にテンションも上がる。
これさえあればここには誰も入ってこれないくなる。……あれ、でもしばらく籠ってろって、なんでだ?
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