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 痛くはない、しかし簡単には逃げられない程度の力で腕をひかれ、HP残量レッドゾーンの俺はなすすべもなく後を追いかけるしかない。  授業中なので見る限り外を彷徨いている生徒は一人もいないが、分館といえどクラスや多目的教室が複数ある建物、人の気配はそこかしこにある。  いや、止まってほしい一番の理由はそこじゃなくて。  何故、この俺が保健室とかいう名の禁断スポットに自ら足を踏み入れなければならないのか。  しかもよりによって本館の第一保健室じゃなくて第二。  利用頻度が第一より低いから余計人目が少なくセキュリティもやや甘い第二。  常に開放されているせいでリア充連中やソウイウ関係のオトモダチが欲望を発散させる巣として一番に利用されるような(その上わりと学校公認)---男子校あるまじき空間に行くなんざ、断ッッ固反対だ!! 「バ会長、本気で離して下さい、誰があなたとあんなところに……っ」 「文句なら後で聞いてやっから。お前こそ暴れんな馬鹿」 「な、」  なに、この屈辱感。  俺が宥められてる側なの?  否!  即、その手を振り払おうと奮闘する。  本気でこの人と保健室なんか行きたくない。  自意識過剰とかじゃなくて、常連であろうバ会長と真面目な優等生イメージを印象づけてきた俺が一緒に保健室に入ったことが生徒の間に広まりでもしたら、絶対にあらぬ誤解が生まれるからだ。  あんたもそれに気付いているくせに! 「そこまでしなくとも私は平気ですから! いらない気は回さないでください!」 「いい加減諦めろ。俺が行くと行ったら来い。拒否は受けつけない。『会長命令』だ」 「卑怯な」 「知るか。……まあ、これ以上騒いで、他の生徒に見られるはめになったって───俺は、別にいいんだぜ」 「、……ッ偉そう」 「実際偉いからな」  くっそう、確信犯かよ!  抵抗どころか、下手に騒ぐこともできなくなってしまった。実際には何もなくたって、生徒にこの現場を目撃されただけで既成事実みたいなものだ。  バ会長に大人しく拉致されるしか手立てがない。生徒がいそうな教室付近のルートを上手く避けてくれているのが救いか。  誰かに助けて欲しくともこの現場を誰にも見られたくないからどうしようもできず。  俯きがちに手を引かれていた俺が、物陰に潜む小柄な黒髪ボブの生徒に気付けるハズがなかったのも、仕方のない話だった。  

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