60 / 442
16
ごゆっくりー、と言い残して、白衣のポケットを膨らませた養護教諭は保健室の外へ去っていく。何を持って行ったかなんて絶対に訊けない。
「換気しろ!」と会長から養護教諭への文句が飛んだが、ヒラヒラと空いた手を降って、そのまま退出した。ご丁寧に鍵が閉められる音もした。
とにもかくにもやっと脅威が去ったと、一息つきながら視線を元に戻せば。
「……何してらっしゃるんですか」
「疲れてんだろ? 溜まってんなら一発抜い……冗談に決まってんだろ。だからそんな目で俺を見るな」
俺に覆い被さる勢いだったバ会長に冷めた視線を投げつける。
ついでに右横に突かれた手に爪をたてればサッと離れていった。地味な攻撃こそ痛いんだ。「爪伸ばしっ放しなんてご無沙汰の証拠だろ」、じゃねえよ。余計なお世話だわ。
さっきまで先輩風吹かせていたくせにすぐこれか。王道のことも平気で部屋に誘ってたことあるくせに、何故俺にそれが通用すると思うんだ。
「もう寝ろ。この俺様が見ていてやるから」
「むしろあなたに見られながら安眠出来る自信がありません」
「無理矢理寝かされたいか、むしろ寝かさない方がいいか。好きな方を選べ」
「……」
腰にクる重低音に本気が伝わり、無言でシーツを頭まで被った。フン、と満足げに鼻を鳴らす気配がシーツ越しに聴こえてくる。
静かな保健室。ベッドが軋むごく僅かな音と同時に、腰の辺りが沈んだ。会長がベッドの上に腰掛けたのだろう。
どうやら本当に俺が眠るまで待つ気でいるらしい。
この学園が特殊なせいか、人の気配があるとあまり眠れない俺でも、目を閉じた瞬間襲ってきた睡魔には逆らえなかった。
徐々に意識が遠退いて、身体から力が抜けていく。
薄目を開けると広い背中がある。
しばらくは、学園 にいてくれると言っていた。それだけでこの一週間の奔走の幕が引けると確信できるのだから、腹立たしいけれど、頼もしく思える。
「会長……」
「ん?」
「最近、どこ、行ってたん、ですか」
……うわあ。声の弱々しさに加えて、浮気を疑う恋人みたいな台詞に思えてきた(彼氏か彼女かなんてことは明記しないでおく)。
まあ、その、眠かったから。
会長もそれくらいは空気を読んで茶化さずにいてくれるだろ、……うん。
「ちょっと野暮用で、会いに行ってたんだよ、ユウトに。………って、もう寝てんじゃねぇか」
俺にとってのサプライズ的な名前も、すでに意識が沈んだ状態では聴くことも出来ず。
抗うことなく、俺は深い眠りの底へと落ちていった。
* * *
ともだちにシェアしよう!