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 書記に心配無用との旨を伝え、あと一ヶ所、生徒会寮の内線に電話をかける。一言二言要件を伝えて通話を終えると、会長は腰掛けていたベッドから降りた。  そして視線はまっすぐ副会長の寝顔へと。  生徒会では中等部入学の会計に続いての外部生。  学園の常識にまったく当てはまらない上、去年何度かベッドに誘ったせいか(一種の挨拶のようなものだ)、特に取り扱いが難しい後輩。  小生意気で慇懃無礼だが、会長自身、彼との日常的な口喧嘩は小気味良く、そして嫌いではない。  だからこそ、目の下に隈をこさえた状態の相手を放っておけるもないのだ。  伸びた手がその髪に触れる。  染めたのだろう、淡いミルクティー色の髪は見た目通り柔らかい。いつもなら振り払われるところを、抵抗されない新感覚を物珍しく思いながら時間を忘れ、寝癖をつくる勢いでその髪質と遊んでいれば。  -ガタ 「………誰だ」  保健室の扉から聴こえた音に真っ先に反応した会長。従兄弟であるあの絶倫養護教諭がこんなに早く切り上げてくるわけがないと早足で歩み寄って。  扉を開け放ち捕まえたそこに、いたのは。 「……あ゙」  可愛らしい童顔の、小動物を思わせる小柄な黒髪の生徒。  覗きを言い逃れできない状況で、有数の権力者である生徒会会長様に見下ろされる様はまさに蛇に睨まれた蛙、獅子の前の兎。  一方、会長からすればこの生徒が何故ここまで怯え、そして心なしか歓喜の感情が瞳から漏れ出ているのか、正直よくわからない。  まずは話を訊いてみるかと、会長が口を開いたまさにその瞬間。   「、、っ、僕はっ、お二人を応援します!」 「……あ?」 「幸せにしてあげて下さいね!」 「………は?」 「ではさようなら!!」 「あ、おい……」  パタパタパタ! と脱兎のごとく視界から遠ざかっていく生徒。ひとまず、要らぬ誤解をさせたことは察した。  生徒全員の顔と名前を覚えているという化け物じみたキャパシティを持つ生徒会長、当然、今しがた逃走した人間が、佐久間ルイといつも一緒に行動している可愛い顔した取り巻き(腐男子)だと見当をつけるのにさほど時間はかからなかった。  この手の噂はいくら否定したところできりがない。自分と副会長の恋仲を疑う生徒はごまんといるし、もう慣れきっている。  わざわざ誤解を解きに訪ねる必要はないと判断し、潔く腐男子の去り行く後ろ姿を見送った。  その間にも『王道総受けもいいけどやっぱ基本スペックは美形×美形の方が目が潤うし妄想捗るしごはん三杯いけるよね! 会長様のあの気怠い雰囲気(※腐ィルター)、あれは絶対 事 後』と妄想を迸らせる腐男子は、早くこの出来事を紙媒体で永久保存せねばと、今日も今日とてペンタブを握るのであった。  今この瞬間も妄想の餌食にされていると知らない会長は、腐男子の爆走を見送った後、もう一度後輩が寝るベッドを振り返り、速やかに退出する。  勿論施錠も忘れずに。  保健室には再び、静寂が戻った。 * * *

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