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『そんなお前に朗報だ』
「え?」
『お前のペアの相手には、ウチから千歳 を貸す』
「え! え!! 園陵 先輩をですか……!」
良識なんて知ったこっちゃねえ。
不正万歳。
「あ、私は大歓迎ですけど、本人はどのように?」
『「支倉様となら喜んで」だそうだ。良かったな?』
「……! !!」
右拳で小さくガッツポーズをつくる。よっし。よっっっっし!!!
俺の女神様がペアになってくれるならもう、あれだけ憂鬱だった新歓はわくわく案件でしかない。
説明しよう、風紀副委員長を務めなさる園陵千歳先輩は、ざっくり言おう、あれは女子だ。
同じものがついてるなんて認めない。
ちょっと身長が高くて声が中性的な女子にしか見えないので、この野郎しかいない環境では俺の数少ないオアシスでありエデンだ。
ただ、志紀本先輩と園陵先輩はセットのイメージがあるので、俺がそこに割り込んだかたちになるのはちょっとな……。
「それなら、委員長はどなたと?」
『俺は、今年の歓迎祭は不参加だ。用事でな』
「え。……、あ、そうですか。わかりました……」
でも、三年生は今年で最後の新歓なのに。
というか、打ち合わせのときはそんな事情、おくびも出さなかったのに。
困惑を飲み込んでつい黙り込めば、電話の向こうから「そんなに悄気 るな」とからかう声が聞こえてくる。別に悄気てない。残念だと思っただけ。
『だから参加できない分、ここでできるだけ多く問題の種は摘んでおくから安心してろ』
「……あんまり無茶なことはしないで下さいね。私に協力したせいで、あなたの心証を損ねるようなことがあれば……」
『相変わらず、そういうところはお堅いな』
「…ッ、だから、委員長!」
『---だから、』
俺の言葉を上書きした上で、押し留めるよう低くなった、声に。
脳が勝手に、思考を止める。
『”委員長“じゃ、ないだろ……?』
本人が目の前にいないにも関わらず、ここまでヒトを従属させるチカラある聲を、俺は知らない。
語尾で掠れる癖が死ぬほど甘い。
ああもう……、苦手だ、これ。
直接吹き込まれたわけでもないのに、産毛がぶわりと逆立って、携帯をあてた耳がじんと熱を持つ。
無理だ。口でも腕でも勝てるか。
大きく溜め息を吐いて、早々に折れた。
「……志紀本、セン、パイ。わかりました、どうぞ、お好きになさって下さい」
『もう降参か? もっと止めなくていいのか、風紀委員長の不正を』
「止めたって無駄でしょう? それに、今回あなたには……先輩には、借りしかありませんし。絶対返しますから、首洗って待っててくださいね」
至極楽しそうに笑う声を耳元で聞きながら、失礼致します、と締めて通話を切る。
たった十数分程度しか話していないのに、すごく疲れた気がするのは気のせいではない。主に気苦労という意味で。
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