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「私の勘違いならばそれで良いのですが。何か、思い悩むことでもあるのですか?」
「………へ」
「空元気に見えます」
さあっと顔色を悪くした篠崎くんは、俺が気分を害しているとでも早とちりしたのか、悲壮感溢れる顔で謝罪を述べる。
そこに生徒会と一般生徒の溝を如実に感じてついつい苦笑する。そして、努めて柔らかく見えるよう微笑いかけた。
「言い難いことかもしれませんが、良かったら話して下さいませんか。勿論、私でなくとも構いませんが」
彼がこの時期、思い悩むこと。生徒会の俺には特に言い難いであろうこと。
白々しいことは承知だが、見当はついている。
王道のことと、王道に関わる人間のこと。
自分の理想と現実の落差。
あの幼なじみを持った影響で、腐男子の生態は嫌というほど知っている。
他人にとっては下らない妄想の産物でも、本人達からすれば情緒を揺り動かす重要な事柄なのだと。
「あっ、いや、そのっ、すみま………。……わかりました、白状します」
ちょっと強引に切り出してしまったものの、篠崎くんは迷いながらもはっきりと頷いた。諦め半分、ヤケクソ半分って感じ。
思考を巡らせるように黙したあと、再びこちらに向いた顔にはどこか、強い意志があった。
「おうど………佐久間をスキな副会長様にお話するのは、……、憚られる、ことですけど」
「では、この中で私が聞いたことは、ここを出たら綺麗に忘れると誓いましょう」
予想通り、彼の屈託には王道の存在が深く関わっている。この問題なら、やはり俺が適任だったようだ。
相手の悩みに真摯に寄り添い、同調し、慰めることが目的なら、同じ相手を嫌いなタツキや、聞き上手な園陵先輩の方が俺よりずっと相談役に適してはいる。けれど今回篠崎くんの思い悩むところは恐らく、腐男子目線の腐男子理論がそこそこ占めていると思ったから、より深い理解という意味なら俺が最適だ。
それに……王道関連の問題において、タツキや園陵先輩は当事者ではない。
俺が……副会長 が耳を傾けるべきことなのだと、直感的に思ったのだ。
「僕、実はその……体育委員長の親衛隊のひとりなんです」
「……」
あー……そりゃ落ち込むわけだわ……。
何を隠そう、『最近王道に盛大にコクって盛大にフラれた』と絶賛ウワサの『役職持ち』とは、体育委員長のことである。
親衛対象が転入生の尻を追っかけているとなれば、遊園地を楽しむどころの心境じゃなくなる。
それにしても……体育委員長ねえ。
ここだけのハナシ、俺とあのセンパイは主に方針の面でそりが合わない。
向こうがどう思ってるかは知らんが、俺はあの人と話すのが苦手だ。ひたっっっすら疲れるのだ。
体育委員長が王道に告ってフラれたという噂を聞いても、篠崎くんには悪いが「へー、あそー」くらいのリアクションで済むくらいには興味の範疇外の事象だった。だって体育委員長の恋愛事情とかまじでどうでもいいんだもん。
スンッ、、とした顔にならぬよう表情筋のキープに努めたものの、どうやら引き締めすぎたらしい。篠崎くんがあわあわと腰を浮かせる。
「いやっ、違うんです! あ、違くないんですけど……僕が親衛隊に入ったのは、体育委員長……佐々部 様に恋愛感情を抱いているわけじゃなくてっ。僕は、純粋に……佐々部様に憧れているんです」
「憧れ……」
「はい。だって、カッコいい御方なんです。佐々部様は」
───よくよく話をまとめると。
篠崎くんは佐々部さんに憧れて柔道部に入ったらしく、部活でもいろいろと世話になったらしい。
そして佐々部さんの親衛隊に入ったはいいが、まさかあの上下関係に厳しくも真面目な先輩が、年上にも余裕で無礼な王道を好きになるとは思わなかったと。
しかもあまりに盛大に告ったために他の生徒や親衛隊でさえ応援気味で、肩身が狭いのだと。
ふぅ、と一息ついて呼吸を整える篠崎くん。
一方彼の話を聞いた俺はといえば、この親衛隊の声を聞けてよかったなと、少しばかり考えを改めた。
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